日経電子版オンラインセミナー
人的資本時代におけるデータドリブン人事戦略
~先進企業と語る、企業が見据えるべき人的資本経営の未来~
伊藤道博氏
アフラック生命保険株式会社
執行役員(人財マネジメント戦略担当)
アフラック・ハートフル・サービス株式会社
代表取締役社長
曽和利光氏
株式会社人材研究所
代表取締役社長
鈴村賢治氏
株式会社プラスアルファ・
コンサルティング
取締役副社長
アフラックで人財マネジメント戦略担当の執行役員として、人財マネジメント制度改革を行なった伊藤氏と、科学的人事で注目を集めるタレントパレットを開発したプラスアルファ・コンサルティング取締役副社長の鈴村賢治氏による、パネルディスカッションが行なわれた。テーマは「人的資本時代におけるデータドリブン人事戦略~先進企業と語る、企業が見据えるべき人的資本経営の未来~」。モデレーターは人材研究所の代表取締役社長、曽和利光氏が務めた。
伊藤氏はアフラックに入社以来、契約サービス、営業支社長、人事、コーポレート部門の管理職など幅広い職務を経験し、2019年にはアジャイル推進室の初代室長として全社展開をリードした。2020年に人事部長に就任し、人財マネジメント制度の改革を行なった。
一方、プラスアルファ・コンサルティングの副社長を務める鈴村賢治氏はシステムエンジニアの経験を経て、国内・海外でのテキストマイニングの活用、社員のパフォーマンスを最大化するためのタレントマネジメントの普及活動などを行なっている。
2023年3月期の有価証券報告書から、上場企業に義務づけられた「人的資本」の開示。注目が集まる一方で、「どのような人的資本経営を実践すれば企業価値の向上に繋がるのか」と、対応に悩んでいる企業も少なくない。
このパネルディスカッションでは、すでに制度の改革に着手している先進企業としてアフラックの事例を中心に、企業に求められる人的資本経営の未来について語られた。
※本記事は、2023年4月25日に日本経済新聞社 イベント・企画ユニット主催で行われた「日経電子版オンラインセミナー」のイベントレポートです。
問題解決型と理想実現型
2つの人事コンサルティング
モデレーターである曽和氏がまず問うたのは、「アフラックがなぜ人財マネジメント制度改革を行なったのか」。改革の動機だ。
伊藤氏は「激しい環境変化に打ち勝つために、人を強くしたいということが前提にある」というが、離職者が増えるなど具体的な問題があったわけではないという。ただ、「これからは従来の上意下達の組織運営で、言われたことをやるだけの人財では勝てない。主体的に動ける人財を育成する必要がある」と判断したという。
アフラックは2024年に創業50周年を迎えるにあたり、制度改革を2020~2022年の中期経営戦略の中に定めて取り組んだ。そこに書かれていたのは、未来に向けたビジョンだ。DX化などアジャイルな変化が求められる中で、人財のあり方も変わっていかなければならない。
「多くの社員が、『変わらなければ、当社の成長はない』と感じたと思う」と伊藤氏は語る。「一人一人が輝く、活躍できる会社にしていこう』と、理想とする未来像を語る中で、従来の職能等級制度から職務等級制度へとダイナミックな改革を行なった」という。
人事のコンサルティングには顕在化している問題解決型と潜在化の理想実現型があるが、アフラックが行なった改革は後者の理想実現型といえる。もちろん、世の中には問題解決型のパターンも多くある。例えば、昨今の自動車業界はエンジンなどというハードウエア技術から、今後は時代に合わせたソフトウエア技術へのシフトが必須となっている。それにあたり技術のポートフォリオをどのようにシフトチェンジしていくかが課題になっており、社員の能力の見える化を目的として人財マネジメント制度の改革に取り組んでいる企業も多い。
また、多くの人的マネジメントの改革に立ち会ってきた鈴村氏によれば、「コロナ禍によって働き方が変わってきており、ここ数年はその変化に伴って人事制度を変えていかなければならないケースも増えてきている」という。
自律的なキャリア開発と
事業が求める人材ポートフォリオ
前述の自動車業界のように、企業が新しい事業戦略に応じた人材ポートフォリオを必要としている中、曽和氏が問うたのは「社員の自律的なキャリア開発と、事業が求める人材ポートフォリオの整合性をどのように担保するか」である。
鈴村氏は「まず経営側が“向かう先はどこか”を中期経営計画書で示し、そこから逆算して必要な人材ポートフォリオを作成する。そしてそれを現状と照らし合わせ、具体的になにが足りないのかを明確にする必要がある」と説く。
さらに「日本でもジョブ型の人事制度を取り入れる企業が増えてきているが、足りない人材はすぐに外部から採用する、あるいは人材を入れ替えるという欧米型の発想にはならないケースが多い」という。それよりも「すでに価値観の共有ができている、今いる人材のキャリアアップを図るのがベストだ」と語る。
そのためには、人事として、挑戦できるような環境を準備し、スキルを上げるためのチャンスを公平に提供すること。また「意欲的に働きたい社員と、できるだけ長く活躍してほしい会社の、お互いに向いているベクトルは一緒である」とし、互いのベクトルの方向性を合わせる作業として、日頃から行なわれる、上司と部下の一対一の対話や面談、目標設定などが重要になるという。
つまり、自律的なキャリア形成とは、自由に何をやっても良いという意味ではなく、会社側から示されたビジョンや事業戦略に沿ったうえで、社員が自律的に自己のキャリアを形成していくことだといえる。
職務等級制度への改革における
メリットとデメリット
アフラックの自律的なキャリア形成支援の根幹となるのは、職務等級制度への改革だ。
従来の職能等級制度では「課長代理で○年」というような年功的な昇格基準があり、さらに試験を受ける必要もあった。伊藤氏は「本来はポジションによって要求されるスキルや経験は異なる。そのポジションに挑戦したい人が目標に向かってスキルアップしていくことが求められるべきであり、ポジションベースで考える必要がある」と判断したという。
職能等級制度は「抜擢人事がしにくい」というデメリットがあると伊藤氏は続ける。能力は潜在的なものであるため評価の判断が難しく、加えて一度等級を上げたら下げることはなかなか難しい。よって、ダイナミックな人事異動や昇進昇格、異職種への転換などが困難になるという。
その点、職務等級制度ではポジションによって職務等級(グレード)が変わる。アフラックでも実際に飛び級的な昇進が行なわれるようになり、報酬が倍近くになった社員もいるという。
ただ、職務等級制度もメリットばかりではない。大胆な昇進がある反面で、ポストオフになればダウングレードもあり得る。曽和氏にその点を問われた伊藤氏は「ダウングレードした人財も大切にすることが必要」と答える。「なぜポストオフされたかという理由を社員に伝えるなど、丁寧な対応を心がけている」という。
つまり、一度ポストオフになっても、それで終わりではない。再チャレンジが可能であるというメッセージを合わせて伝えており、現に新たなポジションについている社員もいるという。「制度は運用がつくる。いくら理想を語っても、運用が伴わなければ絵に描いた餅に過ぎない。実際にそのような人事異動を目にすることで、平等な制度であるという認識を組織に浸透させていくことが大事だ」というのが伊藤氏の考えだ。
そして、この職務等級制度を支えるのが“職務記述書”である。鈴村氏は「ジョブ型を導入したいと考えている会社からの相談として多いのが職務記述書の定義だ」と語り、曽和氏も「職務記述書をつくったものの、誰も見ないまま放置されている会社も多い」という。
その点についてアフラックでは、社長や役員を含む1,400種を超える職務記述書を定義・作成し、そのすべてを社内に公開している。人事がサポートをしながら、すべて現場によって作成されたものだ。その際にポイントになるのは、作成や利用の目的を作成する現場に対して明確にすることだという。
例えば、ミッドキャリアの採用や、求める人材を社内でポスティングする際に職務記述書を利用するため、魅力的な職務記述書を作成することが優秀な人材を集めることに直結する。さらに、社内で職務記述書を公開すれば、次のポストを目指すときにどのようなスキルが必要とされるかがわかるため、社員の育成にも寄与する。
このように職務記述書をつくるマネージャークラスにとって、どのように作成すれば自分のマネジメントにプラスになるか、人材育成につながるかなど、メリットを明確に伝えることが魅力的な職務記述書の作成に欠かせないという。
鈴村氏も「職務記述書作成の目的はジョブを管理するためだけではなく、新たなポジションに挑戦しやすくするためのものである。その定義づけに加えて、社員が挑戦できる仕組み、つまり自律的キャリア形成支援のための仕組みをセットで導入しているからこそ、うまく定着しているのだろう」と語る。
さらにアフラックでは、職務記述書におけるグレードも公開している。グレードの公開については、当初はポジティブ・ネガティブ両面の声があったというが、「高いグレードのポジションに就いている社員は、それ相応の職務が求められる」と、よい意味での緊張感につながった。また、現在は相対的にグレードが低いポジションであったとしても、活躍の場を広げ、自分の職務を拡大していくことでグレードを上げていくことも可能だという。「グレードは毎年見直しが行なわれているのでその変化も見える」こともメリットだと語る。
定性的データの蓄積から見える、
人的資本経営の未来
アフラックが職務等級制度を導入し、さらに職務記述書を公開している理由の一つは「社員に対するキャリア形成支援」のための目安である。この制度改革によって、任意のキャリア開発計画書(CDP)の策定意欲は実に86%にも及んでいる。
「CDPの作成自体にも意味があるが、書かれたデータの利用方法についてはどうか」と曽和氏から問われた伊藤氏は、「現在はデータとして加工して利用するというより、個々人の開発目標に書かれた内容の共通項を見ている」と答える。例えば、論理的思考を高めたい、構想力を高めたいといった目標が共通していたら、そのような内容の研修を会社として提供する。データドリブンとして、社員の共通ニーズをすくい取るためのツールとして利用しているという。
それを受けて曽和氏から「CDPのような定性的なデータをどのように使うか。CDPの蓄積にはどんな可能性があるか」といった問題提起がなされた。
鈴村氏は、社員が考えたCDPを蓄積したいと考える会社が増えてきているという現状を説明した後、「定量情報を解析し、目的にあった情報を抽出するテキストマイニングの技術にかなりの期待が寄せられている」と語り、「蓄積されたCDPから、テキストマイニングによって共通項を見いだす。また、新しい施策に対する社員の反応をリアルタイムに見ることができる。そのようなニーズが高い」という。
例えば、会社によっては離職防止に使っているケースもあるという。「CDPに限らす、通常の一対一での面談記録など、あらゆるデータを蓄積し、ビッグデータ的な発想で分析すると、離職する人たちに共通したワードが見つかる」といい、一例として“業務量”というワードを挙げた。
「あるケースでは“業務量”というワードが一番上に出てきた。クリックしてみると、『業務量が多いけれど、相談できない』といった内容が共通しており、新入社員や中途採用の社員に対してオンボーディングがうまくいかないと離職につながりやすいことがわかった」と鈴村氏は解説する。つまり、“業務量”というワードが出てきたら、その社員に対して早めに声をかけるなどのフォローが必要になるといった気付きにつながる。
伊藤氏も「すべてのデータを情報資産として蓄積している」という。「まだAIが追いついていないところもあるがこれからは精度も上がっていく。今は使えないデータも、技術の進展とともに使えるものになっていくと信じている」と、データ蓄積の重要性を語る。
「持っている情報をすべて蓄積しておけば、後で使えるようになる」と、鈴村氏も同意見であり、「そのために、トップからデータを蓄積せよとメッセージを出すことがポイント」だという。
さらに伊藤氏は「今後は社員の職務経歴を残したい」とし、「人事には異動の履歴はあるが、実際にどのような仕事をしていたかまでは把握できていない。どこの部署でどんな仕事をしてきたのか。制度設計をしたのか、それともオペレーションをしていたのか。そういった情報を職務記述書とマッチングすれば、仕事への適合率などがわかるようになるかもしれない」と将来への展望を語る。
鈴村氏からも「テキストマイニングと絡めると、ノウフ―(Know Who=誰が何を知っているのか)のデータベースにもなる。実際に技術者の職務経歴をデータベース化して、社員が検索できるようにしている企業もある」と実例を紹介。曽和氏も「タレントマネジメントの大きな役割として、人の発掘がある」という。社員がキャリアのレジュメをつくり、フリーワードで検索ができるようにすれば、人の可能性を最大化するツールにもなり得るからだ。
このように、タレントマネジメントは、人事と、社員と、経営を繋ぐ橋渡しのような存在である。人事戦略を練るうえで、経営サイドと人事は蓄積されたデータの分析によるファクトをもとに議論を重ねる必要がある。人事が経営のビジネスパートナーになるためのツールとして、今後もタレントマネジメントの存在価値はますます高まっていくだろう。