日経電子版オンラインセミナー

アフラックの人財マネジメント戦略と
人的資本の情報開示の現在地

伊藤道博氏

アフラック生命保険株式会社 執行役員(人財マネジメント戦略担当)
アフラック・ハートフル・サービス株式会社 代表取締役社長

1974年に日本初の「がん保険」を発売し、事業をスタートさせたアフラック生命保険株式会社。医療保険、介護保険など、生きるための保険を中心にビジネスを展開し、右肩上がりの成長を続けてきた。しかし、日本は世界トップレベルの長寿高齢化社会であり、医療技術の進歩、そして異業種からの参入による競争激化など、現在、保険ビジネスを取り巻く環境は大きな変化の入り口にある。そこで社会の変化に機動的に対処していくために最も重視すべき経営資源として、“人財”を挙げるアフラック生命保険で行なわれた人財マネジメント制度改革と人財マネジメント戦略を紹介する。

※本記事は、2023年4月25日に日本経済新聞社 イベント・企画ユニット主催で行われた「日経電子版オンラインセミナー」のイベントレポートです。

機動的で柔軟な経営のためのコアバリューは“人財”

保険ビジネスを取り巻く環境は、様々な要因によって激しく変化している。世界でもトップレベルの長寿高齢化社会である日本において、医療や介護など、生きるための保険が担う役割は年々大きくなっているだけでなく、医療技術の進歩によるニーズの多様化、異業種参入による競争激化なども、大きな要因となっている。
さらに、DX化によって金融サービス提供の場が仮想空間「メタバース」にも広がっており、サービスの革新に繋がる可能性が取り沙汰されている。
このように、将来の予測が難しい時代において、経営の舵取りも機動的で柔軟な対応が必要となる。

「保険という無形の商品やサービスを扱う当社において、経営のスピード感を高めるために最も重要な経営資源は“人財”であるという思いを新たにした」と語る伊藤氏。

アフラックの中期経営戦略における5つの戦略の中で、第一の柱として掲げられているのが「多様な人財の力を引き出す人財マネジメント戦略」だ。その意味は、戦略を考えるのも、実行するのも人であるという考えにある。

社会環境の変化に対応し、エコシステムを活用した保険の開発やペット保険への参入など、新たな市場を開拓し続けるアフラック。その源にあるのは常に“人財”である。

“If we take care of our people , the people will take care of our business”
人財を大切にすれば、人財が効果的に業務を成し遂げる。

「これは1955年、アメリカでの創業時から受け継がれている当社の人財を大切にするコアバリューで、社員も共感しているものです」と伊藤氏は語る。

人材は「管理」の対象という暗黙知的発想を変える

キャリア自律のために、1,400を超える職務記述書を社内に公開

人財マネジメント戦略の骨格となるのは、アフラックで“人財マネジメント制度”とよばれている人事制度だ。
アフラックでは、2021年から段階的に従来の職能等級制度から職務等級制度へと、大きな人財マネジメント制度の改革が行なわれた。その理念は、社歴や年齢、性別に関係なく、意欲と能力のある人財が主体的に活躍できる環境を作るための“自律的なキャリア形成の支援”のためだ。

職務等級制度では、職務記述書を元に職務評価を行ない、グレードを決定する。年功的な要素は廃止され、意欲や能力のある人財を配置・登用する。制度上、20代でも管理職になれるため、飛び級による管理職登用が発生するのと同時に、役職定年制度も廃止しているという。

この改革のポイントとなるのが職務記述書である。社長や役員を含んだ1,400ほどのポストの職務記述書が作成されており、そのすべてが社内に公開されている。
公開の目的は、制度理念でもある自律的なキャリア形成支援である。将来目指したいキャリア、求められる知識や経験を知ることが、キャリア自律の第一歩とアフラックは考え、キャリア形成のための支援についても、様々な取組みが行なわれている。

人材は「管理」の対象という暗黙知的発想を変える

アフラックのキャリア形成支援の実例

中核となるのは、キャリア開発計画書(CDP:Career Development Plan)である。前述の職務記述書を活用し、目指すキャリア、現状のスキルギャップ、そしてアクションプランを立て、上司と話し合いながら能力開発のPDCAを回していく仕組みである。
このCDPは任意の作成だが、管理職を含めて86%の社員が、すでに作成済み、もしくは作成する意欲を持っているといい、伊藤氏も「制度変更後に社員のキャリア意識が大きく変わった顕著な例ではないか」と感じている。

さらに、自らキャリアをつかめる制度として“ジョブ・ポスティング”を挙げる。制度移行後、募集ポスト数、応募者数、ともに3倍以上に増加しており、支社長や課長などのポストも募集している。一般社員が管理職のポストに挑戦して、ポジションを得たケースもあるという。

もう一つ、特筆すべきは新卒採用の改革だ。
多くの企業で、これまで新卒で採用された社員の配属先の決定は、企業側の主導により行なわれてきた。世間では“配属ガチャ”などともよばれており、さらに入社後の異動や転勤も企業の都合によって決められることが多いため、社員の自律的なキャリア形成の阻害に繋がっていた。
そこでアフラックは、やりたいことが明確な学生に向けて、内定時に最初の配属先を確約する「WING制度」を取り入れたのだ。初期配属先を確約することで、キャリア自律意識の高い人財の採用を狙う施策である。

2023年4月の新入社員のうち2割ほどがこの制度を活用しており、伊藤氏も「学生側のキャリア意識の変化を感じる」と語る。

さらに、自律的なキャリア形成を支える制度も充実している。例えば、社員1人1人のキャリアに向きあうためには、育成の支援もよりパーソナライズされなければならない。そこで1人につき年間最大10万円までを自己啓発のために使える制度「Aflac Cafe」を用意している。
この制度はビジネススクールや外部セミナーの受講料、資格試験の受験料など様々なシーンで利用が可能であり、2022年は1,090人が制度を利用しているという実績もある。

「先ほどのCDPの活用と併せて、Aflac Cafeの利用者ももっと増えてほしい」と伊藤氏は希望する。

ただ、個人に寄り添うことも大事だが、経営サイドからすれば戦略上重要な人財ポートフォリオの構築も必要になる。アフラックではその一つにDX人財の育成を掲げ、2024年に社員の30%をDX人財にするという目標を経営のKPIに定めて取り組んでいる。

アフラックが求めるDX人財とは、主にビジネス部門でビジネス価値を提供する仕組みを設計する役割を担う“ハイブリッド人財”と、主にITやデジタル部門で新たな技術をビジネスに活用提供する役割を担う“テック人財”だ。そしてこの両者が隔たりなく一体で働き、テクノロジーを駆使してビジネスに変革をもたらすことが期待されている。

そのために17種類(2023年4月末時点)のケイパビリティをスキルに分解し、具体的な知識や機能に応じたトレーニングを実施している。

求められる人材の可視化

経営主体で進めた制度改革

アフラックの大胆な人財マネジメント制度改革は、どのように進められたのだろうか。

一般的な人事制度改革は、人事部が主導となってプランを検討し、その内容が経営層に報告されて進められることになる。一般の社員への説明も人事部が行なうケースが多い。

しかし、アフラックの場合はそのいずれの方法もとらなかった。
アフラックの人財マネジメント制度改革の成功の鍵は、人事部主導ではなく、経営が主体となって改革が行なわれた点にある。
社長と各部署の役員によってチームが結成され、2年間にわたって計86回、合計126時間もの時間をかけて議論が交わされ、改革案をまとめていった。

現場を預かる役員には、 “自分たちで作り上げた制度“という圧倒的な当事者意識が生まれたという。だからこそ、社員への説明にも役員自らが自分たちの言葉で語ることができた。社員たちに自らの思いを込めて改革プランを伝える。その説明会の延べ開催時間は、7,200時間にも及ぶという。

これも、現場が主体となって改革プランを練り上げ、役員たちの中に当事者意識が生まれていたからこそであり、伊藤氏も「スムーズに制度移行できた大きな要因だと思う」と語る。

ISOによる人的資本情報の開示

人的資本情報開示、その“現在地”

アフラックでは現在、人的資本の情報開示に対して3つの課題を認識している。

1つ目は「戦略的な開示」だ。何のために、何を、どのように開示していくのか。これはWHY(目的)、WHAT(内容)、HOW(手段)の3つの観点で整理できる。
まずは行政やマーケットの要請に対して法律で定められた事項の開示とともに、自社の客観視という観点が加わる。開示が広まれば、比較可能性が高まり、自社の強みや弱みの理解にも繋がる。これは大きなメリットとなるだろう。
現在、日本には情報開示の明確なガイドがない。そのためアフラックではISO30414の枠組みを活用して、データ整備を進めているという。

最も重要な開示目的は、人財のA&R(Attract & Retain)であり、自社に人財を引きつけ、働き続けたいと思えるようにしていくことだ。そのために何を開示するか、それこそが企業のストーリーである。

「アフラックでは人財を大切にするコアバリューのもと、制度や運用に込めた思いに数字を載せて、報告書やサスティナビリティリポート、社外広報などマルチチャンネルで、それぞれの媒体の特性を生かしながら、積極的に伝え、エンゲージしていきたい」

2つ目は、データ基盤のためのデジタルツールの活用。現在、人事の中にHRテックの専門チームを立ち上げて対応を進めているところだ。
人事の様々な取組みをシステムを活用してデータを整え、繋げていくことを計画している。

ベースとなるタレントマネジメントには、タレントパレットを利用しており、定量、定性を含めて多量のデータを投入してワンストップで管理できるようにしている。

人事部門変革 10のポイント

また、データ分析のためのダッシュボードは人事が検討や開発を行い、人数や人件費、異動や配置の情報、採用・退職情報、労働時間や年次有給休暇取得率、出社率などが見られるようになっている。
ここでポイントとなるのは、このダッシュボードが人事だけではなく現場の役員や部長も利用可能という点だ。これは人的資本のデータを社内に還元することで、データの価値を高めるという考えからである。

「エンゲージメントサーベイや多面観察、360度評価の結果も、同様にダッシュボード化して、現場で分析できるようにしてる」と伊藤氏は言う。

そして3つ目は、運用体制の整備だ。人的資本データを経営レベルに生かすための仕組みである。
アフラックでは人財マネジメントに関する政策を議論する場として、社長を筆頭に各部門の統括役員で構成される人財マネジメント政策委員会が隔週で開かれ、経営レベルで人的資本データをモニタリングして、人財マネジメント戦略に活かしている。
さらにデータの収集や分析による負荷が人事部員を疲弊させないように、運用の負荷を最小化する設計、人事と実務とのシームレス化、そして使い勝手を妥協しないなど、サスティナブルな人事体制作りを進めている。

人事部門変革 10のポイント

アフラックが行った制度改革は、一言で言えば“社員を大人扱いする”ことである。企業が強制的に、また必修の研修を行って社員の成長を促すのではなく、“学びの意欲は内発的な動機から来る”という理解のもと、社員を自律できる大人として扱う。

そしてこの取組みは、「日経スマートワーク大賞2023」の人財活用力部門賞をはじめ、「令和4年度 テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」の優秀賞、次世代育成支援対策推進法に基づく認定マーク「プラチナくるみん」など、数々の表彰や評価を受けている。
これら、輝かしい評価の数々のベースにあるのは、「人財を大切にするというコアバリュー」だ。このコアバリューが社員の間に共有されているからこそ、スムーズな制度移行が可能となったのであろう。

これからのタレントマネジメントは人事の管理システムではなく、経営サイドのパートナーであるとともに、社員のアピールの場でもある。経営と社員とを橋渡しする存在として、アフラックの人財マネジメント改革は現在も進行中だ。

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