企業成長を加速させる
“人的資本経営”の今と未来

~人的価値を最大限に引き上げる企業戦略最前線~

「人的資本経営」の実践において、
なぜ今“人材データ活用”が重要なのか?

矢野 健三氏

株式会社デンソーモビリティエレクトロニクス
事業グループ
ソフトウエア改革推進室 
シニアアドバイザー

笠井 敬博氏

セガサミーホールディングス株式会社人財開発本部 副本部長 兼人財戦略室 室長

高城 幸司氏
(モデレーター)

株式会社セレブレイン
代表取締役社長

デンソーでソフトウェア開発推進室のシニアアドバイザーを務める矢野健三氏と、セガサミーホールディングスの人財開発本部で副本部長兼人財戦略室室長を務める笠井敬博氏による 、パネルディスカッションが行われた。テーマは「『人的資本経営』の実践において、なぜ今“人材データ活用”が重要なのか?」。モデレーターはセレブレインの代表取締役、高城幸司氏が務めた。

※本記事は、2022年6月7日に日本経済新聞社 イベント・企画ユニット主催で行われた「日経電子版オンラインセミナー」のイベントレポートです。

矢野氏はデンソーに入社以来、電子技術者として車載システム製品の開発設計を担当している。2018年より、デンソーグループ全体のソフトウェア開発力の向上とともに、開発に関わる課題解決に取り組んでいるが、それまでの8年間、ドイツの拠点に出向し、現地の人的マネジメントや取り組みの一環を目の当たりにしてきた。

一方、ゲームをはじめとするエンタテインメントコンテンツ事業、遊技機事業、リゾート事業を展開するセガサミーホールディングスの笠井氏は、法務、秘書、人事、総務を経て、現在、同グループ全体の人事戦略の改革に従事している。

両社をはじめ、近年、多くの企業で自社の人材価値の重要性が改めて注目されている。教育などを通じて人材価値を引き出すことで、企業価値を最大限に引き上げる「人的資本経営」への取り組みが加速している。

業界における環境変化と“人材価値の最大化

モデレーター の高城氏はまず、業界における環境変化について問いかけた。

矢野氏は「多様化の時代にスピーディーに対応するソフトウェア開発技術者のスキル向上」が、以前よりも経営課題として認識されるようになったという。モビリティ分野におけるソフトウェアには、ソフトウェア単独のビジネスから 新たなサービスにつながるビジネスまで、幅広い要請がある。

デンソーはモビリティ社会を支えるTier1として、クルマのインテリジェント化・社会のノード化を指向しており、そこに提供する価値の源泉はハードからソフトへと相対的にシフトしつつある。今後は「多様なスキルセットを持った人材が最適な形でチームを組み、さらにスケールの大きな新たな価値創造」を 強化していく必要があると述べた。

笠井氏は、エンタテインメント業界の環境変化について「動画視聴サービスやゲームアプリの市場が拡大している」と語る。セガサミーは「”感動体験を創造し続ける”ために、”Game Changer”であり続ける」をキーワードにしたグループミッションを実現するため、HR変革ビジョンを掲げている。コロナ禍を通して多様な時間の過ごし方に注目が集まる中で、「我々が提供していくべき感動体験とは何なのか。これまでのミッションピラミッドのコンテキストをより明確にし、社員一人ひとりと共有していくこと」が重要だという。

さらに笠井氏は、「多様な人財とともにミッションを実現していくためのポイントは統制ではなく、エンゲージメントにある」とした。さらに「日本企業はエンゲージメントが低いというデータがあるが、我々は“伸びしろがある”として捉えている。セガサミーグループ社員の一人ひとりと企業・ミッションとのエンゲージメントをいかにして高めるかが課題だ」と語った。

HRテクノロジーの検討と導入の理由

高城氏は「両者ともに、経営における人材価値の重要性を強く感じていることがわかる」と語り、続いて「人的資本経営を実現するために必要なこと」を尋ねた。

笠井氏は「HR組織の役割が、待ちの姿勢から経営戦略を実現していくための組織へと大きく変わった」と前置きした上で説明を続けた。セガサミーが掲げるHR変革ビジョンで挙げた5つの重点項目「①ミッション実現に向けた役割発揮」「②多様性を活かす行動様式」「③志や実力に応じた任免」「④成果・貢献に応じた報酬」「⑤グループ横断的な活躍機会」を実現しようとする場合に、これらをバラバラに進めるよりも、中長期計画と連動した人事戦略の実現には、総合的に統括・管理・活用していくインフラが必要であるとの結論に至り、新たなタレントマネジメントシステムの導入を決断したという。

これまではグループ各社で異なるタレントマネジメントシステムを導入しており、HR情報が分断されており、システムを閲覧していたのも主にHR部門だけだったという。加えて、採用や育成などの評価システムもそれぞれ異なっており、人員配置についても上長の采配で行われることもあったと明かした。笠井氏は「HR関連情報は経営層やマネージャー層、さらに各社員もそれぞれのWillの実現とそこに向けたCanの研鑽のために活用できるようにすべきだ」とした。タレントマネジメントシステムを、全員が共通の認識を持ち、変革に向けて進めていくためのインフラであると定義し、社内での活用状況ついて説明を続けた。

具体的には、セガサミーホールディングスと、事業の中核であるセガ、そしてサミーの3社で同時に同じタレントマネジメントシステムを導入し、続いてグループ企業への導入を進め、現在、約8,000人のグループ社員のうち、カバーしているのは4,500人ほどだという。激しく変動するエンタテインメント市場の中で、将来的には国内に限らず、海外にいる2,000人以上の社員にも裾野を広げ、最終的には国内外を含めた人的資本がセガサミーグループの強みとなっている状態が理想ではないかと語った

この現状について、矢野氏は、デンソーグループ各社のタレントマネジメントシステムの不統一については同様の問題を抱えていると答えた。「スキルの定義を統一し、デンソーグループ全体で共通のタレントマネジメントシステムを取り入れることが急務」とし、グループ全体で18万人近くの従業員を抱える中でソフトウェア領域から導入を始め、まずはデンソー本体とグループ会社2社の情報の登録からスタート。今後、段階的に広げていく予定になっている。

両社ともに、グローバル企業で、多様なスキルを持つ人材を数多く抱えていること、そして複数の企業にまたがって、タレントマネジメントを実施している点で共通している。高城氏は「これまで “勘と経験”で行われてきた人事から、データを活用した戦略的な人事へシフトしていく必要がある。いきなり全従業員を対象に導入するのではなく、人的資本経営を推進していきたい部門領域からトライアル的に成果を出し、そこから成功事例を展開していくと良いのではないか」とまとめた。

実際、デンソーやセガサミーでも、事業変革の大きかった会社から先行導入し、トライ&エラーの経験を踏まえて他のグループ企業や職種に拡大していっている。「企業の変革にスピードが求められる中で、両社の実戦的な取り組みは非常に効果的ではないか」と高城氏は語る。

人的価値を最大限に引き上げる具体的な人材戦略

現在進行形で人材価値の最大化に向けて様々な試行錯誤を行っている両社だが、具体的にどんな取り組みをしているのだろうか。

デンソーが最初に取り組んだのは“ソムリエ認定制度”だ。これはグループ各社が独自に行っていたスキルや役割の定義を共通言語化するため、いわば共通の物差しを作成するものである。各社員の専門性を見える化することで、自身のキャリア目標を設定しやすくなる。また、企業側も求める人材像への育成プランを作成するなどして支援を行う。その結果、企業全体あるいはグループ全体の保有リソースと将来の供給という視点で、需要と供給の全体像をつかめるようになり、人的資本経営につながる人材戦略が見えてくるという。

一方、セガサミーでは3年半ほど前から、グループ横断での人財育成機関として、“学びたい者が学べる”をコンセプトに「セガサミーカレッジ」を開講している。セガサミーらしいリーダーへの成長を促し、キャリアステップに応じて必要なスキルやマインドを体得できるようにするためのものだ。学びのスタイルは講堂での集合研修に留まらず、階層別研修“Leadership Program”や希望者向け研修“道場”をオンライン化し、eラーニング型、リアルタイムセッション型、ハイブリッド型を用意している。なかでも「こんなスキルが欲しい」「このように成長したい」という社員自らの“志”を実現するために、“道場”に力を入れており、上長の許可があれば、業務時間内でも学習可能なコンテンツを豊富にそろえているという。受講者数は順調に増加しており、いつでもどこでもセガサミーグループの社員であれば誰でも、志=Willの実現に向けて成長できる環境の充実が図られている。

この他に、選抜型の教育プログラムは、外部環境の変化に関する討議から始まり、ありたい姿を経営トップと議論するなど、セガサミーグループの経営ビジネスリーダーを育成することに寄与している。

笠井氏によれば「会社や事業の垣根を越えて様々な部門の社員が討議することで、新しい化学反応が生まれている」という。普段の活躍の場と異なる社員との情報交換や討論を通じて新たな刺激を受け、目標とするキャリアや志が定まり、モチベーション向上につながるケースも多いという。

今後の目指すべきゴールと展望

人的資本経営の実践に向けて、各社が取り組みを進めている人材情報のデータ化。

矢野氏は「まだ改革の入り口」としたうえで、企業環境の急激な変化に対応するため、デンソーは2025年までに人材情報のDX基盤を確立し、運用できる状態にすることを目指している。さらには次のステップとして、国内外のグループ会社においてグローバルに展開できるようなプランも進めていると明かした。「一人ひとりのエンジニアが最適な活躍の場を目指し、実践経験を積み上げながら開発パワー全体が底上げされる――。そんな世界観を目指して活動を続けたい」という言葉から、人材価値の最大化すなわち人的資本経営が経営の未来を切り開く軸として位置付けていることが窺える。

セガサミーも同様だ。コーポレートガバナンスコードの改訂に伴い2021年12月に開示した人的資本に関するKPIでは、女性管理職やマルチカルチャー人材の比率、そのような人材育成のための戦略的な投資額、またエンゲージメントスコアの向上が掲げられている。これらのKPIの達成に向けて、短期スパンで「戦術」を見直しつつ、長期スパンでありたい姿にたどり着くための「戦略」を描く。

また、「“人”領域でのタレントマーケットプレイス構想」の実現を目指していると笠井氏は語る。社員一人ひとりが志と実力を磨き、会社は機会やポジションをどんどん可視化していく。「社員一人ひとりのWillを大切にして、Canを磨いていく、そこに会社のポジションをぶつけることで社員軸での最適配置が実現する」という。そうすることで社員一人ひとりが生き生きとした人的資本へと成長し、最終的にはエンターテイメント業界の中で、セガサミーの人的資本の価値を向上し、競争力の高い企業になることを目標に据えている。

いずれにしても、企業にとって人的資本がより重要な時代を迎えるのは間違いない。人的資本経営を進めるにあたっては、ただ単にデータを管理するだけではなく、一元管理して人材データを活用・見える化しなければ意味がない。これまで点在していた人事データの一元管理が不可欠となる中で、これらのデータをいかに取りまとめるか。そして、人事部門などの単一部署だけでなく、全社的に活用できる「人的資本ダッシュボード」にしていかなければならない。

環境変化としては、ISO30414に代表される外部からの人的資本情報の開示要求も増えていくことが予想される。人材価値を最大化し、企業成長を加速させる“人的資本経営”の実現のために、ますます“人材データ活用”の重要性は増していくだろう。

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