経営環境が激しく変化していく中、危機感を持って事業の成長を目指す先進企業では、科学的人事の本格的な運用が始まっている。これまでの人事で行われていた経験と勘による属人的な判断では、会社の発展はおろか多様な人材の活用もままならない。経験と勘を客観的なデータで補強し、より高い次元で経営判断をしていく必要があるのだ。先進企業は、科学的人事の導入により人事課題にどう取り組み、どんな成果を上げているのだろうか。
高城 業界の成熟度や事業の領域などにより、人事課題は特有のものがあると思います。
福田 当社はIT業界・製造業の企業向けにエンジニアを派遣する派遣業です。就業人口が減りエンジニアの数が少なくなる中でも、IT業界・製造業の派遣ビジネス自体は成長産業として伸びている。人材の取り合いが行われていて、今後どう成長していくかを考えなくてはいけません。
現在約5,000名いるエンジニアを、中期経営計画に沿って引続き成長する計画を立てていて、人事課題としては、全国17拠点各地で働いているエンジニアを効率的に管理していくこと。そしてエンジニアの価値をいかに高めるかに取り組んでいます。
派遣業は、稼働している人の数×働いている時間×単価で業績が決まるので、そのうちの単価を高められないかと検討しています。そのためには、育成をしてそのエンジニア自身の価値を高めること。もう一つは請求単価がそのエンジニア価値に見合っていない場合はその差を埋められるようにしていくこと。この2点で検討しています。
二宮 当社はITを中心としたSI事業で、SEを中心に幅広い職種の社員が活躍しています。デジタル化が進む中、今までと同じサービスを続けていくだけでは会社が生き残れないという危機感を持っています。そのために社員一人ひとりの能力を高め、お客様に新しい価値を提供していきたいというのが基本姿勢です。
そのためにはデータを集め科学の力を借りて、若手を論理的に育てていきたい。人財のデータをたくさん集めて集約することで、社員一人ひとりの成長のニーズを叶え、一人ひとりに寄り添った人財育成ができると考えています。
高城 人材の価値を上げる取り組みは今までもやってきたと思いますが、データを活用することでより効果があると感じますか?
二宮 少しずつ実感しているところです。科学的なデータを集めて実現する新しい人財育成の形を、当社では「人財戦略を高度化する」と捉え、取り組んでいます。
人財に関するデータはこれまで、社内システムや各部門で管理するExcelなど、部分最適化され散在していて必要に応じ収集、集計する状態でした。そのデータをいかに活用するかよりもデータを作ることに時間を費やしてしまい、結果的に人を知る時間が足りないという課題がありました。
松本 当社は大和ハウスグループの不動産管理会社で、社員8,000名強のうち、2,000名が事務所勤務でビジネスオペレーションをしています。業界としては成熟していて、今後の展開という意味では過渡期。人材だけでビジネスを運営しているので、人材に手をかけています。
しかし5年前に会社の経営統合で人数が増えたこともあり、人材をどう活用し経営に寄与するかが大きな課題になりました。これまでも社員の声を聞いてきましたが、それを経営に対してどう伝えていくか。ほぼ全ての都道府県に事業所を展開していて顔が見えない上、経営統合により関係が希薄になっているというのもありました。
高城 これまでは2,000名の声を集約していくために、どうしていたのですか?
松本 メールに添付した自己申告アンケートで、年に1回はモチベーションや今後の希望を聞いていました。人肌感を大事にしていて、気になる社員がいれば会いに行ったりしていますが、そのあたりの動きや人事情報を経営層と共有するのが大変でした。
半年ごとの評価など色々とデータを取ってはいてもバラバラになっていて、全部を見にいくのも不可能。データをつないで「ここの数値がこうだと他方がこうなる」ということは実際にやってみないとわからず、それを闇雲にやるのも難しい。さらには経営統合しているので、お互いの会社の人材についてはわからないという状態でした。
高城 全国に拠点が散らばっていると、やはり人材の把握が難しいものですか?
福田 当社も各拠点のエンジニアについては本社では全くわかりませんでした。各拠点でたまに顔を合わせる担当営業だけ、知る人ぞ知るという状態が起こりがち。それを中央で情報収集するためにはシステムを使う必要があります。
高城 新規事業を加速させていくには、データを溜めて的確に適材を探していかなければならないと思いますか?
松本 現在、海外展開など色々と新しいことに取り組んでいますが、新しいことに挑戦しようという志向がある人材をきちんと見つけるために、データを使ってマッチングを補強していく必要があります。
中途入社の社員が多いので、単に履歴書や職務経歴書を溜めるというよりは、過去の実績を本人が直接タレントパレットに入力してアピールしてもらおうという取り組みも行っています。
福田 製造業では、分野により需要と供給の大きなバランスチェンジが起きる時があります。技術のスキルやポータブルスキルを管理しておくことで、そういう時に新しい業界にチャレンジできそうな人材をピックアップし、戦略的なシフトを問いかけていくことは今後あるのかなと。
派遣ビジネスの多くが、企業からの要望に対して求人を掲載し、応募があったらマッチングさせますが、当社では逆に「これをやりたい」と言って来ていただいた方のために、仕事を見つけに行ってアサインする。派遣業態だからこそ仕事の選択肢が多いので、希望の仕事をいかに提供できるかというのが私たちの価値になります。
二宮 人財の配置はもちろん、HRのタスクとしては人財の確保という面もあります。今の若い社員には「新しいことにチャレンジしたい」「キャリアを自分で作っていきたいというニーズが非常に高い。本人からの希望や申請を集めて次につなげるとか、評価されることで本人が成長を実感できるとか、社員一人ひとりの活躍に向けて社内が好循環するためにデータを活用していきたいです。
高城 配属先は会社から決められるものだったのが、本人の志向をきちんと受け止めるのが最近の動きですね。
二宮 どのようにやっていくかは手探りですが、一人ひとりにもっと寄り添おうと、1on1に取り組んでいます。その中でデータを蓄積し、新しいヒントを得られれば良いなと。
松本 キャリアをどう考えるか・何をしたいかを社員に聞いた結果を、データとして溜めて会社が見ていかなければいけないというのは普遍的。社員本人にも積極的に発信して欲しいし、会社もその意思を受け止めて応えていくことが大事です。
高城 会社の成長戦略に合わせていく人事のあり方、そして多様になった個人の価値観の期待に応えていくこと。2つを同時に達成するのは難しそうですが、個人の考えや仕事の成果をデータで溜めていくことにより、少しずつ見えてくるものがありそうです。
松本 新卒入社の社員は5年以内にジョブローテーションすると決めていて、年に2回、役員が集まり人材ミーティングを開いています。そこで自己申告のデータや異動しなければならない人材を提示しますが、従来はデータがあってもExcelでしかなく、その社員のキャリアや評価までは提示できませんでした。
タレントパレットを入れてからは、情報をダッシュボードで全部見られる環境を用意しています。それまで経営層にとっては名前しかわからない記号の世界だったのが、データがあることで考えが深まり、コミュニケーションが深まっていると感じます。
高城 異動以外にもキャリアアップやモチベーションのモニタリングなどにも使っているのですか?
松本 昇格検討会議にも利用していて、その他人事が面談した結果も見せられるようになり、気になる社員の情報共有もできる。従業員個人の希望と、それに対して会社がどう受けるかというところがつながり始めています。
福田 当社ではエンジニアのスキルを現在地として把握するのが第一歩として必要でした。そのためeラーニングの機能をベースに動画やアンケート機能を使った「キャリアブラッシュアップ」という4時間の研修プログラムを半年に一回行い、その中でスキル・キャリアの棚卸しを行なっています。
情報を収集するだけではなく、最近の会社のニュースや活躍している先輩社員の情報などをコンテンツとして提供したり、外部の方に登壇していただいてweb上で講演をしていただいたりと、インプットをした上でアウトプットできる仕組みを作りました。
あとはアンケート機能を使った「つきレポ」という月次報告書で、業務達成や健康不安、モチベーションなどを確認しています。不安そうなエンジニアがいればピックアップして営業担当に通達し、会いに行くという流れをフロー化し、離れているエンジニアのスキルとキャリアとモチベーション状態を回収しています。
高城 これだけのデータを溜めて社員の見える化をしていくには、システムの選定が重要だったのではないですか?
福田 私の前職はタレントマネジメントシステムのベンダーでした。もともと知識があった上で10社くらいに声をかけ、いろいろな製品を見させていただきタレントパレットを選びました。
選定ポイントとしては、まずエンジニアがスマホで研修が受けられるというUIの優秀さが必要だった。さらに拡張性に富んでいて、データが溜まった後に仕掛けられる「分析」などの機能が備わっていること。そしてシステム導入から運用までに時間をかけられなかったので、簡単に内製化できる管理側の操作のわかりやすさ、最後は会社が近所なので困ったら来てくれるんじゃないかというのも決め手でした(笑)。
タレントマネジメントシステムは導入したら2〜3年は使わないと効果が出ないので、運用が楽というのは大事。継続して活用していけないとただの箱になってしまうので、手間のかかる権限設定やデータの持たせ方、分析の機能などがわかりやすく、運用側で自走できることが重要です。
松本 選ぶ基準となったのは、使いやすさやデータの持たせ方、従来の人事システムからのデータの移行のやりやすさです。そこのハードルが高いと、まず人事が嫌になってしまうので、その観点は大事。人事は素人なので、そういうところで躓くとボトルネックになってしまいます。
二宮 当社はグループ内で2年前に合併、制度統合が完了し新たな人財戦略を立てる際に、タレントマネジメントシステムが必要だとなりました。会議の場で経営層の中から「システムを準備して時系列でデータを管理し運営していかねば立ち行かなくなる」と助言をいただいて。一方で働き方改革もあり、業務の効率化も求められていました。
高城 働き方改革は従業員の時間を削減していくケースが多いと思うけれど、管理職も含めて改善する必要があったのですか?
二宮 プレイングマネージャーとして活躍せねばならない状況が増えているのが実態です。マネージャーの仕事はプロジェクトの完成だけではなく人の育成もありますが、その時間がなかなか取れていなかった。業務改革や改善にも取り組んでいましたが、やはり実作業を減らして効率化していかなければ、時間を設けることはできません。
今はExcelで作成されるデータを極力減らす取り組みをしています。人事評価の際、これまでは人財部門がExcelで資料を作成しますが、そのチェックに相当な時間を要して、結果的に分析にまで至らないというケースがありました。今はそのデータを作る時間に加えて、数百名いる管理者一人あたり15〜30分の確認の時間が削減できているだろうと思います。
福田 当社では、以前は半年に1回、エリアごとに人を集めて実地研修をしていましたし、評価のシートも紙で書いて回収するといったアナログのやり方でした。システムを使うことで、物理的なコストや時間を削減できていると思います。
高城 これから色々な手を打っていく状況ではないかと思いますが、今後進めていく施策はありますか?
福田 エンジニアの自己申告で回収する情報だけでなく、派遣先企業からの評価やweb上の求人サイトに載っている単価との比較をやっていきたいと思っています。
色々なシステムをつないだ仕組みを作り、溜めたデータをフル活用していく流れを作りたい。営業と経営層が使えるように、今はセールスフォース上に情報を溜め、タレントパレットで集めた情報を営業が活用できる仕組みとして一元化しています。
タレントパレットはAPI連携ができるので、つなげられるものは人を介さずに自動的にデータ連携して1システムのように動かすことを目指していて、最終的には日々ダッシュボードを見ながら経営判断していくような世界観をイメージしています。
松本 タレントパレットというコミュニケーションのプラットフォームができたので、人事と社員のコミュニケーションをどんどん密にしていきたいし、上長が自分たちのメンバーの状況がわかりコミュニケーションが取れるようにしていきたい。取り組みとしては、これまでのモチベーションサーベイのメッシュを上げ、パルスサーベイもトライアルでやり始めています。
システムを使ってここまできているので、ここからは人肌の世界。社員と直接コミュニケーションを取ってモチベーションを維持したりリテンションをかけたりしていくなど、システムと人の両軸で運用していくことが大事だと思っています。人事だけではなく、マネージャー層がそう動けるようにサポートしていくことがこれから大事になると思っています。
二宮 当社は事業の中心がSIなので、SIのプロジェクト運営をする時にプロジェクトマネージャーが情報を活用していくことを考えています。これまでのプロジェクトの経験にメンバーの適性やコンピテンシーを組み合わせ、プロジェクトの成功事例のメンバー構成を把握したり、また、その結果を新たなプロジェクト立ち上げ時に活用したり、その他にも勤務実績を加えることで体調面でのアラートを上げることはできないか、というように。
あとは効率よくデータをつなぐためにRPA化をしていくこと、そして社員のモチベーションを上げることにつなげたいので、タレントパレットのシステムを使ってサンクスポイントのようなもので社員同士がコミュニケーションできる仕組みを作っていきたい。社員と会社が両輪となって成長していくのが最終的なゴールです。
福田 今後タレントマネジメントシステムは色々なサジェスチョンが行われるようになるんじゃないかと期待しています。自動的に「この人のモチベーションが低下しているよ」とポップアップで出て、それを見て「大丈夫?」と電話するという流れになるんじゃないかと。
高城 バラバラにあったデータがダッシュボードになり、経営チームが興味を持って使うことで、人事戦略が変わってきます。使いやすい場所にデータを溜め、人事、経営、マネジメント層がすぐに使える状態にして蓄積していくことで科学的人事が進んでいくのではないでしょうか。