急速に変化していくビジネス環境に対応していくため、経営に極めて近いポジションにある人事には新しいあり方が求められている。
それは勘と経験による属人的な判断ではなく、データを活用した意思決定とマネジメント。
既にそういった科学的人事にシフトした先進企業に、目的や導入のステップ、課題とその解決法を聞いた。
科学的人事推進者のリアルな声を、ぜひ現場で役立てていただきたい。
高城 まずは(株)クレディセゾンの松本さんにお伺います。科学的人事へシフトした背景を教えてください。
松本 主力のクレジットカード事業で法改正があり、法律によって利益が制限されるという大きな転換期がありました。また、キャッシュレスの分野では新しいテクノロジーが次々に出現し競争力が失われてきている。事業モデルを変化させようとすることで、社員の役割も変わりやすい環境となったのです。
そこで、人事制度の改定も含めて、すべての社員の可能性を引き出し、今までとは違ったポジションにもチャレンジしやすい環境をつくりたいと考えました。
高城 環境変化の中で社員に求める役割が変わり、全社員を対象とした共通の人事制度を導入されたそうですね。
松本 それまでは40%を占める総合職正社員をベースに組織を組み立て、その周辺業務を職務限定正社員や有期雇用契約の方が固めるといった形になっていました。しかしそれでは会社が社員に枠をはめてしまい、機会損失が大きかったと思っています。すべての社員に機会を公平に用意し、可能性がある人にチャレンジしてもらうこと、そのために社員には勇気を持って踏み出してもらいたい。そういう環境を整えることを目的として、2017年9月から全社員共通人事制度を導入しました。
従前持っていたデータは総合職正社員が中心で、それ以外の人のことは蓄積されていなかった。これからは、全員のデータを蓄積することから始め、活躍できる人のスキルや素養などをタイプ分析し、活用していくことが次のステップになります。
高城 リコージャパン(株)の山田さんに伺います。モノからコトへ、ソリューション営業の推進に大きく舵を切られたそうですが、どのような理由があったのでしょうか。
山田 従来はリコープロダクツを中心に提供し、オフィスの効率性を高めてもらう事業展開でした。しかしお客様は機器単品ではなく、困りごとのトータルな解決を求めている。ニーズの本質を捉えるためには、ICTの組み合わせで最適なソリューションを提供していかないとそっぽを向かれてしまいます。
お客様に最適な価値提供をしていくためには人手が要ります。従来の機器単品売りから、ICTの高度な能力を身につけ最適提案できる人に、人自体が変わっていかなければならない。場合によってはフォーメーションのシフトも求められていきます。
高城 営業職に求めるスキルが変わってきたということですか?
山田 都市や地域によっても特性があるので、その土地のお客様に寄り添って困りごとの真因をつかみ、ICTの最先端の効用を活かす提案が求められます。当社には全国に8千名の多様な営業社員がおり、能力レベルもさまざま。お客様への最適なマッチングやチーミングには、経験と勘ではなくHRテックの力を借りることが有効でした。
働き方改革の取り組みも行なっていて、それには社員のエンゲージメントとモチベーションの状況を適時適切に把握することが重要です。各施策の効果の定量的・定期的なモニタリングが必要で、そのためにAIを含めたHRテックの活用が欠かせません。
また、今年からスタートする『プロ認定制度』は、1万8千名の社員をプロ人財として活躍するための制度。個人にマッチした能力の高め方や、その能力がどこで最高に活かされるかという分析にHRテックを活用したいと期待しています。
高城 (株)ヒロテックの小西さん、科学的人事の導入には海外市場の拡大が背景にあったということですが、グローバルで活躍できる人材というのはどのような人材でしょうか。
小西 新しく海外の事業所を立ち上げる時には、立ち上げが得意な営業や人事などが配置されます。量産が安定してくると、今度は経理の人間が配置される。それが落ち着くと、売上の拡大を狙って経営企画や営業が配置されます。そういう段階を踏んで拠点が成長していきます。
高城 拠点の成熟状況によって求められる人材が異なるのですね。科学的人事の実践に向けてどのように取り組まれているか、教えてください。
小西 当社の社員数は日本が1千800名、海外が4千200名で合計6千名。海外の社員数の方が多くなっていますが、品質管理などの面で日本からグローバル人材を配置しています。
海外拠点が増え、不足しているグローバル人材の育成が必要だとして、2016年に『人材開発センター』が設立されました。しかしそこに配属された時、私は違和感がありました。グローバル人材はすでに社内にたくさんいると思っていたのですが、経営層にはわかりにくい状態でした。
社員の資格や異動の履歴、受けた研修といったデータの蓄積はあるのに見られる人が限られ、また、テキストデータを社員の顔・名前と結びつけるのが難しかった。それを共通のデータベースで客観的に見える化するため、タレントマネジメントシステムを導入しました。
高城 会社の変化や成長スピードの速さに対応して事業を進めていくには、従来のやり方の延長線上で考えるだけでは難しい。経験と勘に頼るだけではなく、人材の見える化やデータ活用を行っていくことがひとつのキーになっているようですね。
小西 キーワードは「埋もれた人材の発掘」です。グローバル研修を受けた人材、語学留学経歴のある人材など、構築したデータベースでいろいろな軸でグルーピングして、調べていくと、語学留学の経験がある埋もれた人材がいる。ではなぜ埋もれているのか?語学ができると業務専任になってしまい、発展した業務につけなくなっていた。技術職にはおとなしい性格の方が多いというのもあり、いつか声が掛かるだろうと思っているうちに年を取ってしまったのです。そういった人材を発掘し、プロジェクト管理や営業に異動させて、能力を発揮してもらう取り組みをしています。
山田 埋もれた人材は当社にもいると思います。ある支社で成果が出なかった社員を他の支社の目利き支社長が引き抜き、違う業務に替えたらものすごい大活躍をしたというケースがあります。目利きからすれば埋もれた人材は光って見えるようです。HRテックの力も借りつつ、社内に目利きを増やして埋もれた人材を埋もれたままにしない仕組みを作りたいです。
松本 当社は社員の個性や特徴から、将来の可能性を類推することを始めています。タレントパレットには、社員の個性がわかるテストが実装され、部門の中にいる人の個性をデータベース化して、活躍するタイプに近い「可能性がある候補者」を抽出することができます。社員数が増えてくると経験と勘では限界がありますし、見る方も自身の経験に影響を受けてしまう。経験と勘をデータで補完することで、精度が高まると思います。
以前は、独自に開発した「夢中力診断」に力を入れていました。活躍モデルを分析して、採用やリクルーティング、登用にも使っていました。でも、自社に合わせて独自に作り込めば作り込むほど手間も時間もかかってしまっていました。
高城 社員の資質や適性などのデータは、これまで採用のシーン以外で活用されることは少なかったですが、一人ひとりの個性や長所を活かしていくには重要な情報になってきますね。山田さんの取り組みはいかがでしょうか。
山田 『プロ認定制度』については約1年がかりで準備しています。
当社の事業運営において、営業、カスタマーエンジニア、システムエンジニアという主要3職種があり、各職種における国内のトッププレイヤーを頂点とした8段階のレベルを設定しました。営業であればお客様理解、機器に関する知識、顧客接点の能力・行動といった要件があり、レベルごとの知識テストや能力のアセスメント、業績指標などを明確にし、判定していきます。
山田プロ人財を養成するために必要な教育プログラムも紐付いていて、知識20項、スキル30項の教育プログラムを用意しています。これによって、プロの階段をできるだけ早く駆け上がっていただきたい。
この制度を作るためには、時間も労力も相当かかりました。人事だけではなく各職種の前線にいる主要な社員に加わっていただいています。
高城 科学的人事へのステップとして大事なのは、人事データをしっかりと見える化することのようです。例えば、社員全員共通の指標で適性検査やスキルチェックを実施するなど、見える化の第一歩を行うことが、次のステップにつながっていきます。
高城 現在すでに取組みが進んでいる状況かと思いますが、導入時に心配や懸念はありましたか。
松本 人事戦略と経営戦略の文脈をどう合わせていくのかという点でタレントマネジメントのツールが必要ということは、制度変更の準備段階から考えていました。大規模なツールから、ある部分に特化したツールまで長期間比較検討して決定し、バランスもコストも見合っていると判断したので、導入にあたっての心配や問題はありませんでした。
さまざまなツールを検討する中で、何をやりたいのか、何を優先的にやるのかを整理して考えた時、当社は取り組みたい課題が多かった。社員の成長支援のためのツールであること、配置転換のシミュレーションができること、メンタルとエモーショナル部分のコンディションの定点観測ができることなど。取り組みたい課題に対してピンポイントで合う機能がバランス良く実装されていたのがタレントパレットでした。
山田 心配というよりは、タレントマネジメントシステムはこうあってほしいというのがありました。人事システムには多様な利用ニーズがあります。情報の記録と活用という点で、システムの柔軟性を可能な限り持っていてほしい。将来にわたりニーズそのものが変化することが考えられる上、採用から定年までは40年。その間の個人の活動、業績、能力、評価すべての記録を保存し活用できる拡張性がほしかった。また、人事以外にも経営、マネージャー、社員本人が使うという4つのシーンで、利便性の良いインターフェースいうのがポイントでした。
小西 基本的に人事・給与システムの中にあった既存データを移せるか、どのタイミングで更新するかが悩みでした。そして組織の階層が見られること、その組織の中のメンバーが見られる機能が必要でした。
高城 戦略的に人事に取り組むためには、変化に合わせた拡張性や柔軟性を視点に入れてタレントマネジメントシステムを選んでいく必要がありそうですね。
小西 今はまだ日本でのみ取り入れていますが、将来的には世界14拠点各国の社員の中からグローバル人材と呼ばれる人を登録して、各拠点間で有効利用し、グループのシナジー効果を上げていきたいと思っています。
今後ますます海外拠点が増えると考えられますし、拠点によっても得意分野があります。そういうものを見える化して、たとえば金型を受注した時に設計は日本で、解析は得意な中国で行うなど、グループ間で得意分野を活かした仕事の進め方ができれば素晴らしい。各国の人事担当者がメンテナンスできて、情報共有できるようにしていきたいです。
現場にいると見えることが経営層には見えないこともあります。会社の人材はまだ6割くらいしか能力を発揮していないのではないのかと思う。そういう人が成果を発揮し活躍できるようにしていきたいと考えています。
山田 今、会社のトップと一緒に全社員と面談するダイレクトコミュニケーションを行なっています。一人ひとりを社長の目と私の目で見ていく。これは年間千名が限度なので、そこを補うのは他の人からの話であり、科学の目でもあります。
ただ、科学の力を借りながらも科学的人事に頼りきりにはなりたくない。ES調査もしっかりやっていて、そこで出てくる課題は全国の社員面談で出てくる課題とほぼ一致します。だから社長とはすぐ課題の認識共有ができますし、社員面談で取りこぼしているデータはESで把握できる。経験と勘とリアルとデータを組み合わせるのが良いと思っています。
これからは多様な個を生かすラーニングマネジメントシステムも活用し、個の最適化と成長を進めていきたいです。
松本 業界の環境変化には会社として危機感を持っています。代替商品や類似商品がどんどん出てきては陳腐化していき、投資する資源の見極めが難しい。中長期の計画が難しい時代に、社員はその時必要な学びに機動的に取り組み、人事は経営戦略に機動的に対応しなければなりません。
成功パターンも変わってくるでしょう。会社側から人材を探してレコメンドするのではなく、社員自身がツールを使いこなして自分を客観的にチェックし、雇用ニーズに対して自分を主体的に売り込めるようになってくる。自ら変化に対応して取りに行けるツールになっていくと良いですね。
高城 人事もデータを活用し、意思決定を行っていく時代。今こそマーケティング思考の必要性を感じ、自社ではどうタレントマネジメントシステムを使っていくのか、整理して活用していくことが求められます。