ものづくり経営論や企業論を専門に、「技術をいかに社会的付加価値に転換させていくべきか」をテーマとした研究を手がける善本氏。
AIがキーワードとなる時代、これからの製造業に求められる“未来創造に向けた人材育成の手法”とはどういったものか。
モノづくり企業はヒトのあり方をどう捉え、どこに活路を見出していくべきか。
次世代の製造業とヒト、そしてデジタル技術の有効的な活用法を語る。
『IoT』『ビッグデータ』『AI』。メディアで盛んに取り上げられるこの3つのキーワードを、製造業界に身を置く人間が無視できるはずもない。モノづくりの最前線で働く人たちと定期的に研究会を開いているという善本氏は、これらのワードについて次のように分析する。
「機械の知能化やインテリジェンス化、そして自立分散化制御を、いかにマスカスタマイゼーションに近づけていくのか。これまで個別にカスタマイズされた製品を短い生産リードタイムで迅速にお客様に提供すれば、顧客満足度が上がると思いやってきた。それでは、その先のフェーズにどうやっていくのか。次の成長エンジンをどうしていくのか。誰もがそこに悩んでいます。
人手不足の中、AIを使って自立分散的にデータを分析・解析し、生産はロボットや機械産業に置き換えてきた。マスカスタマイゼーションの実現というものが、デジタル技術の発展により効率的・合理的に実現するようにも思われる。
確かに“カスタマイズされた商品を短い納期で迅速にお客様に届ける”というのは、顧客に選ばれるという意味では非常に効果的な手段であっただろう。
しかし製造業界が直面するこの踊り場的状況から、『IoT』『ビッグデータ』『AI』を駆使してどう抜け出すのか。大きな課題が目の前に横たわっているというのだ。
「次のフェーズはニーズアダプテーションではなくニーズクリエーション。ニーズに“対応する”のではなくニーズを“生み出していく”必要がある。新しい領域をいかに作り出していくか、そのためにデジタル技術をどう活用していくのか。未来創造に向けて製造業の皆さんがフォーカスしているのは、製造業から社会やマーケットにインパクトのある“新しい人工物”の提供ができないのか、ということではないでしょうか」
機械が知能化しても、ニーズを生み出していくことはできない。それにはもう誰もが気づいている。それではヒトをどうするのか。それが製造業界共通の認識だと善本氏は指摘する。
「デジタル技術は普及すればするほど、使いやすくなればなるほど、誰でもその恩恵を受けられる。デジタル実装は競争力を高めていく上の必要条件になろうとも、それが競争優位獲得の十分条件を満たすわけではない。ポイントになるのはヒトということになる。
さまざまなデータを容易に入手できるようになった反面、それは誰もが同じようなデータを持ち得ることを意味する。結果として差となるのは、ヒトの解釈の部分だ。
「ヒトの差による競争力の差が今まで以上に開いてくる。『解釈』『評価』『判断』という、ヒトの役割がますます際立ち、問われてくる。これからはそういう時代なのです」
昨年、内閣府が掲げた「Society 5.0(ソサエテイ
5.0)」。そこで描かれる未来社会では、IoTやAIなどの技術を取り入れることで、あらゆる社会的課題が解決されるとされている。
その未来社会の実現のために経団連が示すアクションプランにおいて、必要性が強調されるのは『想像力』と『創造力』だ。
「創造社会を誰が導くのか。より一層問われるのは、イマジネーションとクリエイティビティの部分です。AIでは分析や解析はできても、思い描くことはできない。可能世界を思い描き、実現しようと未来に働きかける力は、ヒト無しではできないないのです。
デジタル技術を活用しながらも、ヒトの可能性を想像力と創造力に求めているのです」
“多様な人々による想像と創造”があらゆる課題を解決し、新たな価値を創造することにつながるとされる。
それは『コ・クリエーション(Co-Creation)』『コ・ワーキング(Co-Working)』『コ・オペレーション(Co-Operation)』を、ビジネスとしてどう形づくっていくのか、ということでもある。
「スマート工場やコネクテッドインダストリーズが話題になる中、製造業でも多様な業種との交流や異業種とのつながり、連携を加速させていく必要がある。次のフェーズ、次の成長エンジンを求めて、さまざまな枠組みの中でイノベーションを起こそうという先進的な取り組みが行われています。今後ますます多様性と共創を求める潮流が加速し、領域越境や産業横断など“つながる”ことによる新たな人工物創出や、新たな産業の創出が期待されているのです」
多様性のポイントは、ヒトが鍵を握っているのだと善本氏は力を込める。ヒトが多角的にデータを解釈して評価し、ダイナミズムを次の人工物創造にいかにしてブリッジさせていくかが重要だという。
「出発点として、オープンイノベーションや競争型ビジネスに“誰”を送り込むのかが課題となります。どんな“ポテンシャル”を持つ“誰”が“どこ”にいるのか。会社の規模が大きくなればなるほど、それが見えてこなくなるのです。
コ・クリエーション(Co-Creation)を推進できるのは誰なのか。
近年では製造業でも中途採用や外部からのヘッドハンティングが増え、かつての日本よりはるかに人材が流動的になってきている。しかし善本氏は、足元にある内なる多様性に目を向けることの重要性を説く。
「社内の多様性に目を向けて棚卸しすることができると面白いんじゃないかと思う。すでにいる社員が高い能力を持っている、ポテンシャルを秘めている、ということがある。そのポテンシャルがあるにもかかわらず使えていなかったら、それは遊休資産にしかならない。社内の人材を遊休化させていないか。」
社員がもともと持っているポテンシャルを引き出すことができれば、採用に追加経費をかける必要も新たな固定費化を気にする必要もない。新しい人工物を創出するための資源に、そのポテンシャルを化けさせることができる。それを『社内人材の追加的な生産資源化』と善本氏は表現する。
「そのときに何が大事か。社内にあるポテンシャルは、働きかけをしないと引き出せないのです。アクティブに引き出そうという行動を取らないと、新しい付加価値を生み出す人からのサービスは引き出せない。社内にあるそうしたポテンシャルを、広い意味での未来創造に向けた“可能性の束”だと捉える。その可能性の束に働きかけをして、ポテンシャルをうまく活用していくのです」
それでは、社内にある可能性の束をどう把握すれば良いのか。そういうときこそ、デジタル技術を活用すべきだという。それにより、社員一人ひとりの多面的データを効率的・合理的に管理し活用することができるのだ。
「学歴や経歴、どこの職場で何をやってきたのかだけでなく、どんな趣味を持ち今なにに興味があるのか。デジタル技術を活用すれば、定量だけではなく定性的で多面的なデータを収集して一元管理することができる。社内に眠ってる“多様性”や“可能性の束”を、付加価値生産サービスに変えていくために、デジタル技術を触媒として活用していくのです」
誰がどんなポテンシャルを持っているのかを『理解』『評価』『解釈』するためにデータを集め、必要な人が必要なときにいつでもアクセスできるようにする。それが“可能性の束の見える化”だ。見える化されていれば、新たなプロジェクトを組むなど必要なときにいつでも活用できるようになる。
「未来に働きかける人材育成を考えるとき、どんなポテンシャルの人材を育成すれば次の成長エンジンの獲得に役立つのかを考えるとき。可能性の束が見える化されていれば、誰を武者修行させれば良いのかがわかり、効率的に人材育成ができるのです。
進化していくデジタル技術は積極的に取り込んでいき、新たな人工物を創出するために、そして可能世界を描いていくために活用していくべきです。
人事戦略にも想像と創造が求められるこれからの時代。ビッグデータやAIの役割と、そのデータを解釈し活用していくヒトの能力が、人事においても重要となっていく。
「触媒型のデジタル技術によって可能性の束を一元管理していくことで、これまでの属人的な人事判断からエビデンスに基づいた意味づけ・活用に切り替えていく。それは今までとは自らのやり方を変えるきっかけにもなるでしょう。
重要になるのは、誰と誰を集めてどういうプロジェクトを組むのかという構想設計や、あるべき姿を思い描く力です。
単に効率化や合理化を追い求めるのではなく、良いものは継承しながら発想の転換をしていく。そんな新しい人事のあり方が、次のフェーズの新しい人工物を創造するときのリフレーミングにもなると善本氏は提言する。