人材不足が叫ばれる製造業界。多くの技術者を抱える企業の人事担当者は、これからのモノ作りを支える人事のあり方を模索している。他社と差をつけられる次世代の人材をどう育成していくのか、あるいは海外展開を進めるにあたりグローバル人材をどう育成していくのか。これまで属人的に行われていた人事の運用を、いち早く科学的人事に切り替えた製造業界の先進的な人事担当者がその取り組みを語る。
北島 属人的な人事をいかに科学するか。それはタレントマネジメントの運用が鍵を握ると思います。パナソニック(株)の植田さん、科学的人事を導入することになったきっかけや社内の問題点を教えてください。
植田 当社では35年前から紙に手書きで社員のスキルデータを集め、約20年前からは電子データで保存していました。国内には27千名の技術者がおり、22分野で600以上の技術分類においてスキルレベルを8段階で定義。担当する商品・事業分野とクロス分析することで、データを見える化する取り組みをしています。
2008年のリーマンショックの後、従来の主力事業であった家電分野から車載やB2Bソリューションといった分野に大きくリソースのシフトを行いました。その中で、各技術分野の労務構成は、大きく縮小した技術分野や、維持・強化を図りつつ他事業分野に出口をシフトした技術分野などがあります。このような全社的な大きなリソースシフトにおいては、当社の強みとなる技術リソースがどの事業に割り当てられているかを常に見える化することが重要です。
そこで、技術者が今どこにいるのかを全社視点で俯瞰して見るマクロの観点、一方で、現場レベルで「特定のスキル条件を満たす技術者」を探索できるミクロの観点、その両方で技術人材データベースが必要になります。タレントパレットを活用し今後この点をより精緻に、効率的になるよう、改善していきたいと考えています。
北島 環境変化の中で、モノづくり企業には事業移管などの変化に迫られています。(株)日立社会情報サービスでは受託型からサービス型へと事業が変化していますね。
二宮 AIやIoTといった新たなサービスが求められている今、人がその変化に対応していかなければならないのに人材のローテーションが進まないという課題がありました。
ITのスキルは見えていても、社内で管理しているそれ以外の人事データとつながっていないことが原因でした。その課題解決のためにタレントパレットを導入し、技術者の見える化を行っています。
ITスキルの高い人材を異動させようとすると、その職場では抵抗感がある。そこでいろいろな情報を組み合わせて見える化し、同等の人材をローテーションさせるようにしたのです。
変化を経験させること、「変化は成長に必要な過程だ」という文化を作ろうと考えています。
北島 スキルの見える化の定義と、科学的人事の導入のポイントを教えてください。
小西 年齢と職位をマトリクスで表すと「昇進の階段」が見えてきます。この階段の上にいる方は順調に昇進しているということですが、能力があるのに活躍できていない埋もれた人材もいる。なぜ活躍できていないのかというと、語学ができるがゆえに海外の特定の顧客の窓口になり、そこから抜けられずにいる実例がありました。その人物を異動させると躍進し、その後海外で活躍の幅をどんどん広げていくことができました。
北島 地方では海外に行きたい方が少ないと聞くので、潜在的な人材をどう育成しグローバル人材を確保していくのかがポイントになります。これまで人材の抜擢は役員の方が頭の中・記憶の中でやっていたようですが、なにか変化がありましたか。
小西 今は役員が一番データを見ているのではないかと思います。役員は一般社員に接する機会があまりありません。以前は人事の配置を決めるために上長に聞いて検討していましたが、データで見える化されると気づきがあり、評価や異動の検討に活用されているようです。
北島 社内で上役の方が活用すると、その後の浸透が早いと思います。
(株)日立社会情報サービスでは「デジソリ」というキーワードがあると聞きました。
二宮 人材の定義として「フロント」という言葉を使っています。新たなITの開発、デジタルソリューション事業に貢献する経験やスキル・ケイパビリティを持つ人材ということです。いくつかの職種を「デジソリの職種」と定義し、その人材をレベル判定して育てていこうというものです。
これから注力していく「フロント」「グローバル」「女性活躍」のうち、フロントというのが新しいビジネスモデルを作り提供していくもの。しかしまったく新しいことを始めるのは難しく社内でも壁があるため、今は「変化に対応していこう」という言い方をしています。変化に対応していく人材を育成し、変化が会社の成長につながるように。
フロント人材を育成するためのローテーションは「変化に対応する人材を育てる」+「新たな経験を付与する」ということ。例えばキーポジションを定め、シミュレーション機能を使いながらそこにハイパフォーマーを異動させ、強い人材を育てていこうと考えています。
北島 ジョブローテーションは部門長が嫌がったり人事が悪者になったりしますが、友好な関係はつくれているのでしょうか。
二宮 良い顔はされませんが、将来その人材が社内で活躍するために必要な経験は何かを話し、有期で経験をさせて育てて戻すという約束をしているので抵抗感は減ってきていると思います。
若い社員たちはむしろ異動はウェルカム。自分のキャリアを自分で作ろうという意識の人が増え、自ら挑戦していく人が多いです。タレントパレットは社員も自分の分析が見えたりコミュニケーションの部分も連携させたりしていて、モチベーションUPにも活用しています。
北島 パナソニック(株)ではどう活用していく想定でしょうか。
植田 これまでの社内の技術リソース調査結果の活用は、主に経営幹部が戦略検討においてマクロ視点で全社リソースを把握することにありました。その結果を、実際に調査を行っている現場の技術者にとっては、調査結果がどのように活用されているのか見えませんでした。
今後は、技術者自身が自らのスキル状況を把握し、上司と共にシステムを見ながら自らの技術キャリアアップについて会話できるようなツールにしたいと考えています。
また、従来の経営幹部はもちろん、事業場長、部長、課長といった組織の各階層や現場人事部門など、あらゆる階層で活用して頂けるものにしたいと考えています。
小西 当社には50年近く使用している人事給与システムがあり、その中にさまざまなデータがありました。それは人事にしか見られない情報で、積極的には活用されていませんでした。システムの中に眠っていたそのデータをタレントパレットに移してきて、今社員のみなさんが自分のデータを見られるようになっている。
全階層が見られるようにするのは難しいことも多いのですが、それだけでも充分に価値があります。
二宮 当社では、人事が持っている以外の各業務システムの中にも実は人の情報がありました。プロジェクト管理の情報や、SEがさまざまな業種の顧客とのやり取りでどんな言語を使ったか、あるいは業績がどうだったのか。スキル・業種知識・業績の情報を組み合わせると、プロジェクト自体がこのメンバーでうまくいったかどうかまで見える化されていく。それを今後マネジメントで活用できると思っています。
北島 パナソニック(株)のこれからのタレントパレットの活用についてお聞かせください。
植田 現在のところ、技術社員のスキルとして格納するのは技術スキルのみですが、今後は行動特性等の人的資質の情報も必要と考えています。当社では、入社時を除けば、全社員統一の行動特性などの調査は行っていません。しかしながら、配置のマッチングを考えたり、ロールモデル人材になるために必要な要素を定義したり、イノベーション創出力を備える若手人材を発掘して早期育成していこうとした時に、スキルだけではなく行動特性の情報が不可欠と考えています。将来的にはそういった人的資質に関する情報もデータベースに入れながら、技術スキルと人的資質のクロス分析を行うことで幅広い人材育成につなげていきたいです。
北島 会社の成長戦略に合わせた人事戦略との整合というのも議論されていますか。
植田 当社は長年、家電分野を中心に事業を継続してきた経緯があり、多くの技術者はその中で持続的・連続的な開発を着実に推進して育ってきた技術者が多い。一方で、昨今は事業環境が大きく変化する中で、新しい技術分野の開拓や新規事業・サービス創出といった非連続な開発ができるイノベータ人材や、競合他社と戦う技術戦略を練ることができる戦略型技術マネージャーが大幅に不足しています。
そのような人材の早期発掘には先に申し上げたような人的資質のデータは不可欠であり、現在の会社の成長に求められる人材を、若いうちから早期発掘して気づきの機会を与え、成長させていく取組みを推進したいと思っています。
二宮 当社ではエクセルでデータを持つのをやめようと思っています。賞与の評価や人事異動の調書をタレントパレットに替えていく。
日立グループにはワールドワイドに共通した人事システムがありますが、それ以外の当社独自で持っているSE職種独自の情報及び、個別の育成計画、上司の面談の記録を加えて活用し、人事作業の効率化を図るとともに人事戦略の高度化を図ります。その結果、上司が異動すると部下の情報が見えなくなるような事態も解消できると思っています。
北島 (株)ヒロテックの進化ポイントはいかがでしょいうか。
小西 タレントマネジメントシステムは現状、日本でしか使っていませんが、その中でグローバル人材を集めて全拠点で見られるようにしていきます。
例えばヨーロッパである量産プロジェクトが始まるという時、量産設備はアメリカとインドから、量産管理はメキシコから、人事・経営管理は日本から、といったように各拠点から人材を集めます。今はそれを経営層がやっていますが、プロジェクトに関わる担当者が直に人材を見て集めることができれば、仕事がスムーズに運ぶと期待しています。
それから、今活躍している人材が入社した時にどうだったのか適性検査をやっておけば、その後似た適性の人を採用することができると感じています。これは今すぐにできることではありませんが、データの蓄積で可能になる判断基準だと思っています。
北島 目標管理の活かし方の構想はいかがですか?
小西 記録が残るので本人の意識づけになり、将来的に生かされているのかがデータを蓄積することで見えてくると思っています。当社は自己申告にもタレントパレットを使っていますが、記入式の回答をテキストマイニングで分析すると、問題点の洗い出しや活躍の道を探すのに非常に使える情報になります。
最近アンケート機能を使い調査を行いましたが、語学ができる人が必ずしも海外で活躍したいと思っているわけではなく、語学ができなくても活躍したい人もいることがわかりました。そういう人に教育を受けてもらい活躍してもらう機会作りにも活用できると思っています。
二宮 当社でさらにやっていきたいのは、変化を望み、対応力のある社員に長く働いてもらうために「一人ひとりに寄り添う」ということ。
これまでは埋もれた情報だったアンケート結果や1on1の面談における社員のコメントなどを、マクロ・ミクロの視点で把握して見える化していきます。社員が「自分の意見をきちんと聞いてもらえる」「上司が変わっても引き継がれている」と感じることがとても大事だと考えています。
これまでマネージャーは時間がありませんでした。人事管理に必要な情報はいろいろなところに偏在していて、人事に頼んでもすぐには出てこない。仕方がないのでマネージャーが裁量の範囲で面談したりするけれど、その時使っていたのはデータではなく「勘」や「コツ」です。
それが、スピーディーにリアルタイムに情報を見られることで、モチベーションが上がり1on1に使うための時間ができる。そこが大きいんじゃないかと思います。
多様な人材が増えているので、寄り添ったマネジメントをするには健康やその日のモチベーションも非常に重要です。人事は定量的なデータは得意ですが、その日・その人によって変化するデータも連携することで、強いチームが作れるのではないかと思っています。
北島 自動車部品メーカーは技術や生産など多岐にわたった部門がありますが、スキルマップの導入はいかがでしょう。
小西 まずは今いる人材を調べ、抜けている年代や不足している拠点がないかを見える化しています。その不足分を将来的に予測し、育成する準備に活用できると考えています。
北島 各社とも可能性を持った運用をされていると感じました。ポイントは3つあると思います。
1つ目は、中長期的な視点で活用すること。会社の理念の実現に向けたビジョンや成長戦略と人事戦略を組み立てていくことです。
2つ目は人の活躍です。単なる管理ツールではなく、どう活躍してもらうのかに全員で取り組み、この情報をトップや役員が生かしながら部門長も部下をサポートしていく。
最後は科学的人事戦略のサイクルを回すこと。人事やシステム、エクセルの中など埋もれている「人にまつわるデータをいかにひとつに集約し蓄積させ、分析していくか。
人材が活躍するために科学的人事戦略のPDCAサイクルを回すのが重要です。「データの蓄積」が非常に重要なので、今回の3社の事例もぜひ参考にしてください。