伊藤レポートとは?人材版とSX版についてポイントや特徴を解説


伊藤レポートとは?人材版とSX版についてポイントや特徴を解説

伊藤レポートとは、経済産業省のプロジェクトをまとめた報告書の通称です。伊藤邦雄氏を座長に据えて議論が重ねられ、これまでに複数のレポートが発表されています。本記事では、過去から現在にかけて発表された伊藤レポートについて解説します。記事を読むと、これまでに発表された伊藤レポートの全体像をつかめるので、ぜひ参考にしてください。

伊藤レポートとは

ここでは、伊藤レポートの概要や名前の由来、作成された背景を解説します。伊藤レポートにおける6つの基本メッセージも紹介するため、参考にしてください。


経済産業省がまとめた企業のサステナビリティに関する報告書

伊藤レポートは、2014年8月に経済産業省が公表した報告書です。経済産業省が開催した「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書で、伊藤邦夫氏を座長にして作成されました。


「伊藤」の文字は座長の伊藤邦夫氏が由来

伊藤邦雄氏は日本の会計学者で、報告書作成の際に座長を務めました。そのため報告書のことを通称「伊藤レポート」と呼びます。


伊藤氏は1975年に一橋大学商学部を卒業しました。一橋大学大学院商学研究科長・商学部長を経て、一橋大学副学長を歴任した実績もあります。また中央大学大学院戦略経営研究科特任教授も勤めており、一橋大学で商学博士を取得しています。


「伊藤レポート」に対する海外からの反響は大きく、日本におけるコーポレートガバナンス改革を牽引しました。


伊藤レポートが作られた背景

伊藤レポートが作られた背景として、日本企業における収益性の低迷が上げられます。低迷した日本企業の競争力を強化し、収益力を高めることが日本経済の継続的な成長につながると考えられています。


企業が収益力を高め、持続的に価値を生み出しながら、長期的な投資からリターンを得る仕組みが求められています。伊藤レポートは、企業が将来的に成長を続けるための道しるべとなる報告書です。


伊藤レポートの6つの基本メッセージ

伊藤レポートは、以下に示す6つの基本メッセージがもとになっています。


  • 持続的成長の障害となる慣習やレガシーとの決別を 
  • イノベーション創出と高収益性を同時実現するモデル国家を 
  • 企業と投資家の「協創」による持続的価値創造を 
  • ・資本コストを上回るROEを、そして資本効率革命を 
  • 企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」へ
  • 全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革を 


※引用:「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト |経済産業省


従来はイノベーティブだった日本企業が、持続的な低収益性に陥っている状況を解決するための考え方がメッセージに込められています。

次の記事は、「科学的人事フォーラム」で伊藤邦雄氏が講演した際のイベントレポートです。基本メッセージについて解説されているので、参考にしてください。

人材版伊藤レポート2.0とは

これまでに伊藤レポート2.0や3.0などの複数の報告書が発表されています。まずは人材版伊藤レポート2.0について概要と作成された背景や目的について解説します。


人材版伊藤レポート2.0の概要

人材版伊藤レポート2.0は、2020年発表の人材版伊藤レポートに次いで作成された報告書です。ここでは、両者についてわかりやすく解説します。


2020年に発表された人材版伊藤レポート

人材版伊藤レポートは経済産業省が2020年1月から6回にわたって開催した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」をもとに、2020年9月に発表された最終報告書の通称です。


企業経営における人材戦略の現状とあるべき姿を比較しながら、報告書がまとめられています。人材戦略に求められる「3つの視点、5つの共通要素」が報告書の主な内容です。報告書にまとめられた視点と共通要素については後述します。


2022年に発表された人材版伊藤レポート2.0

人材版伊藤レポート2.0は、「人材版伊藤レポート」を改定する形で作られた報告書で、2022年5月13日に経済産業省が発表しました。「人材版伊藤レポート」よりもさらに深堀して、議論を重ねたうえで作成された報告書です。


人材版伊藤レポート2.0を作成するにあたって、経営戦略と人材戦略を連動させる方法について議論されました。両者を連動させることで、企業価値の持続的向上を図る狙いがあります。


人材版伊藤レポート2.0が作成された背景

人材版伊藤レポート2.0が作成された背景として、企業を取り巻く社会環境の変化が上げられます。2020年に作成された人材版伊藤レポートでは社会環境の変化に対応できなくなったため、企業の成長につながる人材戦略を改めて考え直す必要がでてきました。


人材戦略を考え直す要因を具体的に上げると、デジタル化や脱炭素化、コロナ禍を経て起こった人々における意識の変化です。人々の意識が変化したことで、経営戦略と人材戦略の連動が難しくなりました。そのため、人的資本に関連した課題の解決が経営で重要な位置を占めるようになりました。


人材版伊藤レポート2.0の目的

人材版伊藤レポート2.0が作成された目的は、各企業が人的資本経営という変革を具体化し、実践に移していくための指針を示すことです。


ただし各企業が、同レポートにある全ての内容に取り組む必要はありません。さらにレポートに記載されている内容以外にも有効な手段があるとも考えられます。


レポートの内容に依存するのではなく、各企業が主体的に人的資本経営をどのように実践すべきかを考えていくことが大切です。


以下の記事では伊藤邦雄氏の講演をもとに人的資本経営のあり方について解説しているため、参考にしてください。


※参考:価値”を基軸にした人事・人材変革


人材版伊藤レポート2.0で押さえるべき8つのポイント

人材版伊藤レポート2.0で押さえるべきポイントは、「3つの視点」と「5つの共通要素」に分かれます。本項では合計で8つのポイントについて解説します。

なお本項では、概要を説明するに留めます。詳しくは以下のリンクをご覧ください。


※参考:「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~ 」

3つの視点

ここでは、人材版伊藤レポート2.0に掲載されている3つの視点を解説します。それぞれ概要を示すので、参考にしてください。


経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み

経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組みは、人的資本経営を実践するうえで最も重要な視点です。なかでも、「CHROの設置」や「全社的経営課題の抽出」が重要です。


CHROとは経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担当する責任者で、日本語では「最高人事責任者」と訳されます。全社的経営課題の抽出は経営陣や取締役が議論を進め、経営戦略を実現する際に障害となる人事面の課題を整理して進めます。


「As is - To be ギャップ」の定量把握のための取り組み

「As is - To be ギャップ」とは現状(As is)とあるべき姿(To be)の差です。「As is - To be ギャップ」は経営戦略実現の障害となる人材面の課題を特定し、課題ごとにKPIを用いて定量化します。人材戦略と経営戦略の連動を確認し、戦略の進行が適切であるかを見直すために重要な取り組みです。


企業文化への定着のための取り組み

持続的な企業価値の向上を図るためには、人的資本経営を企業文化に定着させることが重要です。そのためにも人材戦略を策定する段階から、目指す企業文化を見据えるとよいでしょう。企業文化は実行する人材戦略を通して醸成される側面もあるため、策定段階から目標とする企業文化を明確にしましょう。


5つの共通要素

ここでは、人材版伊藤レポート2.0で示されている5つの共通要素を解説します。それぞれ概要を示すので、参考にしてください。


動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用

人材ポートフォリオは企業活動に必要な人材をタイプ別に分類し、各業務に割り当て、過不足を分析したものです。人材ポートフォリオは動的に管理することが大切で、計画を策定するにあたり、まずは経営戦略の実現に必要な人材の要件を定義することが重要です。


また適切にポートフォリオ計画を運用するためには、戦略的に人材の採用や配置を行い、育成を進める必要があります。


知・経験のダイバーシティとインクルージョンのための取り組み

ダイバーシティは多様性、インクルージョンは受容を意味します。人的資本経営を達成するためには、社員の専門性や経験、感性、価値観といった知と経験の多様性を認め、それを受容できるような人事施策に取り組むことが大切です。


性別やキャリア、国籍などにおいて多様な人材を取り込み、能力が発揮されるような組織作りが求められます。


リスキル・学び直しのための取り組み

急速な経営環境の変化に対応するためには、社員のリスキルや学び直しを積極的に支援することが重要です。


企業の支援を活かすためには、はじめに各社員が過去の経験やスキル、将来のキャリアを見直す必要があります。その後、社員が強い意欲をもって取り組める学習領域などを発見できると、リスキルや学び直しへの支援を活かせます。


社員エンゲージメントを高めるための取り組み

社員エンゲージメントとは、社員の企業に対する思い入れや愛着心です。社員が主体的に業務に取り組める環境を整備すると、やりがいや働きがいを感じながら企業の成長に貢献できます。


社員エンゲージメントを高めるためには、多様な働き方を推進したり、エンゲージメントレベルを把握したりして、取り組みと検証を繰り返すことが大切です。


時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取り組み

時間や場所にとらわれない働き方のできる環境は、事業継続の観点からも重要度が増しています。業務のデジタル化を進め、リモートワークの円滑化に取り組むと、社員が時間や場所にとらわれずに働けるようになります。リアルワークとリモートワークの最適な組み合わせの実現が求められています。

伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)

伊藤レポート3.0は、2022年8月31日に経済産業省から発表された最新のレポートです。これからの日本企業が成長するために必要なSXをメインに議論を重ねて作られました。


SXとはサステナビリティ・トランスフォーメーションの略で、持続可能性を重視した変革をさします。本レポートでは、SXの実現に必要な次に示す3つの取り組みについて具体的に取り上げています。


・社会のサステナビリティを踏まえた目指す姿の明確化

・目指す姿に基づく長期価値創造を実現するための戦略の構築

・長期価値創造を実効的に推進するためのKPI・ガバナンスと、実質的な対話を通じた更なる磨き上げ


※引用:伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)|経済産業省


まとめ

伊藤レポートとは、企業が将来的に成長を続けるための指針を具体的に示した報告書です。伊藤邦雄氏を座長に据えて、経済産業省が推進するプロジェクトのもとで作成されました。


なかでも人材価値を高める経営のあり方を目指す場合は、伊藤レポート2.0で示された人的資本経営の指針を参考にすることをおすすめします。