人的資本の開示例|重視される理由や分野・項目などを解説


人的資本の開示例|重視される理由や分野・項目などを解説

近年、企業経営において重視すべき要素の1つとして、人的資本が注目されるようになりました。投資の判断においても、企業が開示している人的資本の情報が重視されています。本記事では、人的資本の開示とは何か示したうえで、対象となる分野や項目などについて解説します。参考になる具体例も紹介するため、ぜひ参考にしてください。

人的資本の開示とは?

人的資本の開示とは、何を指しているのでしょうか。以下で詳しく解説します。


人的資本の意味

人的資本とは、企業が確保している人材を資本と捉える考え方です。人材のスキルや能力などを可視化し、具体的に把握できるようにします。そのように示された人的資本の情報をもとに、投資の判断が行われるケースも増えてきました。従来、人材を消費資源として捉える傾向もありましたが、近年は資本として重視されています。


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人的資本の開示の意味

人的資本の開示とは、企業が外部に向けて自社の人的資本の情報を公開することです。たとえば、人材育成、戦略、職場環境の整備方針、取り組みの成果といった幅広い情報が開示されています。人的資本として開示する内容について厳密な決まりはなく、実際の開示内容は企業によってさまざまです。


人的資本の開示を行う項目について悩む場合は、他社の開示例を参考にしてもよいでしょう。人的資本の具体的な開示例についても後述するため、ぜひ参考にしてください。


人的資本の情報開示の動向

世の中では、人的資本の情報開示の注目度が高まっている状況です。ここでは、人的資本の情報開示の動向について解説します。


ISO30414

ISO30414は、国際標準化機構(ISO)が公表している、人的資本の情報開示のガイドラインです。欧米を中心に多くの国で採用されており、国際的な基準となっています。日本でも、一部の企業について導入が義務化されました。ISO30414に沿って人的資本の情報開示を行うと、戦略人事の実行やステークホルダーへの情報提供などにつながります。


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投資家からの要請

近年、投資家から企業に対して人的資本の情報開示を求める傾向が強まっています。ISO30414が公開され、米国証券取引委員会においても情報開示が義務化されたからです。人的資本の情報開示を要請する動きは国際的に活発になっており、日本国内でも人的資本の情報開示に取り組む企業が増えています。


人材版伊藤レポート2.0

経済産業省は、人的資本に関して2022年5月に人材版伊藤レポート2.0を公表しています。人的資本の重要性が示され、日本で人的資本経営が推進されるきっかけの1つとなりました。このレポートは、情勢の変化に対応しながら企業の価値を向上させるために作成されています。


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コーポレートガバナンス・コード

コーポレートガバナンス・コードは、金融庁と東京証券取引所が公表している、上場企業の企業統治に関する原則や指針です。東京証券取引所に上場する企業は、コーポレートガバナンス・コードに則って組織を運営する必要があります。コーポレートガバナンス・コードの改訂により、上場企業は人的資本や知的財産へ投資する必要があり、サステナビリティの取り組みについて情報開示すべきとされました。


人的資本の情報開示が求められる背景

人的資本の情報開示は、なぜ求められているのでしょうか。背景について解説します。


無形資産の価値向上

近年、形がある資産よりも無形資産の価値が高まっています。無形資産とは、企業の権利や特許、ブランド、商標権、技術、ノウハウなどです。無形資産の価値が向上した結果、財務情報を見るだけでは企業を評価しにくくなりました。企業について判断する指標の1つとして、人的資本に関する情報が重視されています。


ESG投資への関心向上

ESGとは、環境、社会、ガバナンスのことです。ESG投資は、これらの3つの要素をもとに投資先を検討する方法を表しています。ESG投資の広まりにより、自社の利益だけを追求する企業は、社会課題を引き起こすリスクのある存在として敬遠されるようになりました。世の中の長期的な発展を目指すため、ESGに配慮している企業が投資対象として選ばれる傾向が生じています。


有価証券報告書での開示が義務となる2分野6項目

人的資本に関する情報のなかには、有価証券報告書への開示が義務づけられている項目もあります。日本企業に対する投資を促進する狙いがあるからです。ここでは、有価証券報告書での開示が義務となっている2分野6項目について解説します。


サステナビリティ情報

サステナビリティとは、環境や経済に配慮した活動により、社会の持続可能性を維持しようとする考え方です。サステナビリティ情報としては、以下の2つの項目が必要とされています。


・人材育成方針

・社内環境整備方針


それぞれについて以下で解説します。


人材育成方針

人材育成方針は、企業が自社の人材をどのように育てるかを表しています。具体的には、研修時間、費用、参加率などの具体的な数値のデータについて明記が必要です。


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社内環境整備方針

社内環境整備方針は、職場環境の整備に関する取り組みを指しています。社員が働きやすい職場環境を作るための方針です。多様な人材に対応できる職場環境の整備が重視されています。


人材の多様性を示す情報

人材の多様性を示す情報としては、以下の4つの項目が該当します。


・女性管理職比率

・男性育休取得率

・男女間賃金格差

・人的資本や多様性の測定可能な指標と目標


それぞれについて以下で解説します。


女性管理職比率

女性管理職比率とは、管理職全体のうち女性がどの程度を占めているかを表す割合です。301人以上規模の企業は、有価証券報告書へ女性管理職比率の開示が義務づけられています。


男性育休取得率

男性育休取得率とは、育児休暇を取得している男性社員の割合です。1,000人以上規模の企業は、有価証券報告書へ男性育休取得率の開示が義務づけられています。


男女間賃金格差

男女間賃金格差 とは、同じ企業で発生している男女間の賃金の差の程度を表しています。301人以上規模の企業は、有価証券報告書で男女間賃金格差を開示する必要があると定められています。


人的資本や多様性の測定可能な指標と目標

有価証券報告書では、企業の人的資本や多様性を数値で捉え、指標を具体的に示さなければなりません。また、企業が目指す姿に関する目標設定も重要です。具体的には、育児休暇取得率、育児休暇後の復職率、定着率などが含まれます。


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開示すべきとされる7分野19項目

政府は、人的資本可視化指針で開示すべき分野や項目を定めています。開示は義務ではないものの、推奨されている状況です。ここでは、政府が開示すべきとしている7分野19項目について解説します。


人材育成

企業で活躍する人材を育てるための人材育成をはじめ、キャリア開発や人材の確保に関する取り組みについて、情報を開示する必要があります。具体的には以下の3項目の開示が必要です。


・リーダーシップ

・育成

・スキル・経験


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エンゲージメント

エンゲージメントとは、社員が企業に対して抱く満足度、共感の度合い、理解度などを表しています。自社にどの程度貢献したいかという意欲も含む概念です。エンゲージメントとしては、以下の1項目が該当します。


・社員エンゲージメント


エンゲージメントの意味とは?向上させる方法と得られるメリット


流動性

流動性とは、人材の雇用の維持に関する内容を指します。具体的には、離職率、人材確保や定着の取り組み、新規の雇用者数などです。流動性には以下の3つの項目が含まれています。


・採用

・維持

・サクセッション(後継者育成)


ダイバーシティ

ダイバーシティとは、多様性のことです。さまざまなバックグラウンドをもつ人々が尊重し合い、存在できる状態を表しています。人的資本について重視される項目は、女比率、男女間の賃金格差、育休の取得状況などです。具体的には以下の3項目が当てはまります。


・ダイバーシティ

・非差別

・育児休暇


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健康・安全

人的資本の健康・安全は、労災、医療、ヘルスケアサービスの適用範囲を示しています。たとえば、労災に関しては、種類、件数、割合などを把握することが大切です。健康・安全には以下の3項目が含まれています。


・精神的健康

・身体的健康

・安全


労働慣行

労働慣行は、団体交渉協定や業務停止などを表しています。たとえば、団体交渉協定の対象となる社員数や業務停止の件数などです。労働慣行に含まれる項目は、以下の6項目となっています。


・労働慣行

・強制労働

・賃金の公正性

・福利厚生

・組合との関係

・コンプライアンス・倫理


コンプライアンス・倫理

コンプライアンス・倫理とは、法令遵守、人権、企業の倫理基準などのことです。具体的には、コンプライアンスや倫理に関わる研修を受けた社員数、クレームの件数、懲戒処分の件数などが該当します。以下のとおり、コンプライアンス・倫理に含まれるのは1項目です。


・コンプライアンス・倫理


ISO30414の11項目

すでに触れたとおり、ISO30414は国際標準化機構(ISO)が定めた人的資本の開示に関するガイドラインです。投資家が企業を比較する際の判断材料とされています。ISO30414がステークホルダーに対する世界共通の評価指標として定めているのは、全部で11項目です。以下で各項目について解説します。


コンプライアンス・倫理

コンプライアンス・倫理は、企業の法令遵守についての項目です。たとえば、クレームや懲戒処分の内容や件数、外部とのトラブル、監査で指摘された内容や種類などが該当します。社内にコンプライアンスや倫理が浸透し、問題の発生を防止できているかが重要です。


コスト

コストは、人材にかかるコストに関する項目です。採用、雇用、離職の一連の流れにおいてかかっているすべてのコストが対象となっています。具体的には、人件費、外部人件費、平均給与と役員報酬の比率、採用や退職にかかるコストなどです。人材にかかるコストの情報は、その企業が人材にどの程度の投資をしているかを把握するために役に立ちます。


ダイバーシティ

ダイバーシティは、企業の人材の多様性についての項目です。ダイバーシティは多様性を表しており、多様な人材がともに尊重しながら働ける環境が整っているかを示しています。具体的には、女性管理職の比率、経営層の多様性、高齢者や障がい者の雇用率、男性社員の育児休業取得の割合などです。


リーダーシップ

リーダーシップとは、マネジメント層のリーダーシップを評価するための項目です。マネジメント層が社員から頼りにされ、企業を導く役割を果たせているかを表します。そのため、リーダーシップを発揮するための取り組みも重要です。また、社内における社長やCEOに対する信頼度、管理下の社員数なども情報として示す必要があります。


組織文化

組織文化は、企業に対する社員の愛着度や満足度などを表す項目です。企業理念、経営方針、ビジョンが確立されており、社内に浸透しているかどうかが重視されます。組織文化に含まれる項目は、社員のエンゲージメント、コミットメント、組織への満足度、リテンション比率などです。リテンションとは、人材の確保や流出防止などを意味します。


健康・安全

健康・安全とは、社員や組織全体の健康や安全に関わる取り組みについての項目です。特に、建築業や製造業においては、業務上の安全が重要です。具体的には、労災件数、死亡者数、ケガや病気で働けなくなった時間、研修を受けた社員の割合などが該当します。


生産性

生産性は、社員1人あたりが生む売上高や利益などを表す項目です。人的資本が企業の利益にどの程度貢献しているのかを示します。生産性が高いほど、社員1人あたりの売上高や利益などは高くなるでしょう。生産性の項目には、人件費に対する利益の比率である人的資本ROIや、営業利益に金利以外の損益を加えた社員EBITが含まれています。


採用・異動・離職

採用・異動・離職の項目では、人材を効率的に育成でき、タレントマネジメントが機能しているかを表しています。たとえば、ポジションの候補者数、重要なポジションの割合、入社前後におけるパフォーマンスの比較などです。また、欠員補充にかかる期間、社内の移動率、離職率、離職の理由なども含まれています。


スキル・能力

スキル・能力とは、社員のスキルや能力を開発するための取り組みに関する項目です。この項目により、人的資本の価値を向上させるための取り組みについて確認できます。具体的には、人材開発の費用やコンピテンシーの比率などです。コンピテンシーとは、優秀な人材が共通してとっている行動の特性を意味しています。


後継者計画

後継者計画とは、将来的に自社を支えるリーダーとなる社員の育成についての項目です。企業が継続的に発展するためには、リーダーの計画的な育成が欠かせません。具体的な項目としては、内部継承率、後継者候補の準備率、即時承継における後継者の継承準備度などが含まれています。


労働力

労働力は、企業が有している労働力を示す項目です。企業を存続させ、成長させるために必要な労働力があるかを表しています。具体的には、社員数、正規雇用やパートなどの割合、臨時労働力、欠勤率、求職者数などです。臨時労働力とは、派遣社員や独立事業者のように、一時的に自社の労働力として確保できる人材を指します。


【参考】人的資本の開示例

人的資本の情報開示は、どのように行われているのでしょうか。ここでは、参考になる事例を紹介します。


大手ヘルスケア機器会社の例

ある大手ヘルスケア機器会社は、自社の企業理念の実践に向けた人材戦略を展開しています。人的資本の活用により企業価値をどの程度高められているか示すために、人的資本の情報開示を始めました。同社が公開している人的資本に関する項目は以下のとおりです。


・企業理念の実践拡大

・リーダーの育成・登用

・多様・多彩な人材の活躍

・男性社員の育児休業の取得率

・男女の賃金格差

・女性管理職の比率


大手保険会社の例

ある大手保険会社は、人材に対する投資の一環として、能力開発やワークライフマネジメントに取り組んでいます。人的資本の情報開示を通して具体的な取り組みを公表しました。同社が公開している人的資本に関する項目は以下のとおりです。


・女性管理職の比率

・海外の社員の比率

・男性社員の育児休業の取得率

・男女の賃金格差

・障がい者の雇用率


女性管理職の比率については、特定の管理職の女性社員の比率を30%にするというKPIも掲げています。


大手総合商社の例

ある大手総合商社は、社員個人や組織のあるべき姿を明確に示しています。それぞれの社員の事情を考慮し、働きやすい環境を整備する内容が中心です。人的資本の情報開示を通し、そのような取り組みの実績が示されています。同社が公開している人的資本に関する項目は以下のとおりです。


・社員エンゲージメント指数

・社内環境の整備方針

・女性管理職の比率

・人材育成の方針


まとめ

人材を資本と捉える傾向が強まっており、人的資本の情報開示が重視されています。無形資産の価値やESG投資に対する関心の向上も、人的資本の情報開示が求められる理由です。人的資本の情報開示においては、今回解説したとおりさまざまな情報をまとめる必要があります。自社の価値を示すために人的資本の情報開示に対応しましょう。


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