人的資本開示とは?義務化の背景や重要性、開示すべき項目などを紹介


人的資本開示とは?義務化の背景や重要性、開示すべき項目などを紹介

人的資本開示とは、企業の人材に関する情報を社内外に公表することを指します。規模によっては、すでに人的資本開示が義務化されている企業もあり、今後義務化の対象となる企業が増加することも考えられるでしょう。


本記事では、人的資本開示とは何なのか、義務化の背景、開示情報の分野・項目などを解説します。人材分析に役立つ下記の情報も紹介しているため、企業の人事担当者はぜひ参考にしてください。


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人的資本開示の概要

まずは、人的資本開示の概要や目的について見ていきましょう。


人的資本開示とは

人的資本開示とは、自社の人材に関する情報を社内外に開示することを指します。人的資本とは、企業に在籍する人材や、人材が持つスキルやノウハウ、知識のことです。人的資本開示で公表する人材情報とは、社員を育成するために行っている具体的な施策を数値化したものであり、ステークホルダーに向けて財務情報とともに開示します。


人的資本開示の目的

近年では、ビジネスにおける人材を資源ではなく資本と考える、人的資本経営が注目されています。人的資本の考えに基づくと、人材は企業の今後の成長を予測する1つの判断材料となるため、ステークホルダーが投資判断をする際に役立ちます。人材資本開示を行う目的には、社内外に向け、自社が人的資本経営に取り組んでいる姿勢を見せることにもあります。


人的資本とは

人的資本開示で開示する人的資本とは、そもそもどのようなものなのでしょうか。


人的資本の具体例

人的資本開示の具体的な内容には、自社の採用人数や研修の実施状況、人材育成の方針、従業員満足度、ダイバーシティの実現状況などが含まれます。社員1人ひとりが持つ能力やスキル、資格、知識、健康状態はもちろん、人材教育や採用にも力を入れ、中長期的に企業価値の向上を目指しているかどうかも重要な要素です。


人的資源との違い

人的資本と人的資源では、人材に関する根本的な考え方が異なります。人的資源は、人材をコストと捉え、消費していくものであるという考え方です。一方の人的資本とは、人材を資本と捉え、投資の対象とする考え方を指します。近年では、人材を育成することが企業の成長につながるとの考えが広まりつつあり、人的資本の重要性が増しているのが現状です。


人的資本開示と似た単語

人的資本開示に似た2つの単語について、違いを解説します。


人的資本と人的資源の違い

従来の企業経営においては、人材コストをいかに抑えるかに重点を置く、人的資源の考え方が採用されてきました。しかし、近年では人材は投資の対象となるものであるとされ、人材採用や人材教育に力を入れるべきであるという、人的資本の考え方が浸透しています。人的資本では、社員1人ひとりの能力を、企業成長に活用しようとすることが特徴です。


人的資本経営との違い

人的資本経営とは、人材を投資と考える人的資本の考え方に則り、企業価値を高めるための経営を行うことを指します。人的資本開示とは、企業が人材育成をどのように行っているかを示すものであるため、人的資本経営の具体的な取り組みがあってこそ実施できるものです。人的資本開示は、人的資本経営を行っている企業が行うものと考えてよいでしょう。


人的資本開示が求められる背景

企業経営において人的資本開示が求められている背景には、以下の4つが関係しています。


人的資本の価値向上

従来は、企業価値を判断する際に、有形資産(物的資本)を重視する傾向にありました。投資家は、財務諸表を確認して投資判断を行うことが一般的だったようです。


一方で、近年では人的資本を含む無形資産が重視されつつあります。投資家が企業価値を判断する際の材料として、企業の人的資本への取り組み状況を把握したいと考えるようになったことで、人的資本開示の重要性も高まっているのです。


サステナビリティへの関心

近年は、地球環境に配慮した活動を行うことが企業に求められており、ESG投資という新たな投資の手法が広まっています。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったものです。


人的資本は、3つの要素の中で社会(Social)に該当します。ESGに取り組む企業は投資を受ける機会が増えるため、人的資本開示を積極的に行うことは、企業にとっても大きなメリットとなるでしょう。


ISO30414の公表

ISO30414は、人的資本開示を行う際に参照できる国際的なガイドラインです。ISO30414は、2018年にISO(国際標準化機構)によって公表されたガイドラインで、具体的な人的資本情報を開示する方法が示されています。欧米の多くの企業は、すでにISO30414に則った人材資本開示を行っています。日本でも、事業形態や規模に関わらずすべての企業で適用可能です。


欧米で義務化が進んでいる

欧米をはじめとする海外では、人的資本開示が義務化されつつあります。欧州では、2014年から社員情報の開示が進んで行われるようになり、米国でも2020年に上場企業の人材資本開示が義務化されました。


※参考:経済産業省|事務局説明資料


人的資本開示が義務となる企業

日本でも、上場企業など大手企業の人的資本開示が、2023年3月より義務化されています。対象となっているのは、有価証券報告書を発行する約4,000社の企業です。


人的資本開示で必須とされる記載項目には「戦略」、「指標及び目標」、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」などがあり、投資家からは、この他にも開示内容を充実させることが求められています。


人的資本開示の義務化までの動向

日本で人的資本開示が義務化されるまでの間には、さまざまな動きがありました。これまでの動向を把握しておくことで、より人的資本開示の必要性への理解が深まるでしょう。人的資本開示義務化に至るまでに設立・作成された組織やレポートを5つ解説します。


人的資本可視化指針

人的資本可視化指針とは、非財務情報可視化研究会が策定した、人材資本を可視化する方法をまとめた資料です。人材資本を開示するための準備や戦略の立て方、注意点などが記載されています。開示すべき4つの要素や開示事項の類型などが紹介されており、効率的に情報開示を行える内容です。


※参考:内閣官房|人的資本可視化指針


ISO30414

ISO30414とは、先述のとおり、2018年12月に国際標準化機構が発表したガイドラインです。ISO30414には、人材マネジメントにおける11領域の指標が定められており、人的資本開示の報告書を作成する際に役立ちます。事業形態や規模などに関係なく、どの企業も参考にできることが特徴です。


人的資本の「見える化」がつくる企業価値の新潮流


※参考:経済産業省|第3回 非財務情報の開示指針研究会事務局資料


人材版伊藤レポート

人材版伊藤レポートとは、経済産業省が2020年9月に、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の成果を発表した資料です。人的資本経営を実現するためのアイデアや、日本における課題などが記載されています。人的資本経営の取り組み例が具体的に解説されているため、どの企業にとっても参考資料として役立つでしょう。


伊藤レポートとは?人材版とSX版についてポイントや特徴を解説


※参考:経済産業省|持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)


非財務情報可視化研究会

非財務情報可視化研究会とは、内閣府が非財務情報の開示ルール策定など、企業経営の参考となる指針をまとめる目的で設置された組織です。人的資本を可視化する方法の資料などを作成し、配布しています。前述した人材版伊藤レポートと活用することで、より効果的な人的資本開示を実現できるでしょう。


※参考:内閣官房|関連の会議等に関する情報


非財務情報の開示指針研究会

非財務情報の開示指針研究会は、2021年6月に経済産業省によって設立された組織で、定期的に会議が開催されています。人的資本開示における方法分析、開示指針の策定、開示媒体など、開示に関する世界的な動向を踏まえつつ議論を行っていることが特徴です。人的資本経営を実現するための基本的な考え方や、開示範囲を示した資料を作成し、企業に配布しています。


人的資本開示の7分野・19項目

人的資本開示で開示する情報は、7分野・19項目です。それぞれの分野と項目の詳細について解説します。


育成分野

人材育成分野の項目は、「リーダーシップ」「育成」「スキル・経験」の3つです。企業における後継者の確保や社員のスキルアップへの取り組み、人材を維持することなどを目的としています。育成分野には、各社員の研修コストや研修プログラム、人材定着に向けた投資も含まれており、情報開示は必須です。


エンゲージメント分野

エンゲージメント分野の項目は「エンゲージメント」の1つです。エンゲージメントとは社員の満足度を意味し、ストレスチェックや社内調査によって現状を把握した上で、情報を開示します。自社の将来性をアピールするためには、開示することが望ましいとされている分野です。社員のやりがいはもちろん、業務内容や職場環境への満足度なども考慮します。


流動性分野

流動性分野の項目は、「採用」「維持」「サクセッション」の3つです。サクセッションとは後継者の育成を意味しており、今後重要ポストとなる候補者を早期段階で管理しておくことを指します。採用・維持の項目では、採用・離職コストや、定着率・離職率などの情報の開示が必要です。


ダイバーシティ分野

ダイバーシティ分野の項目は、「ダイバーシティ」「非差別」「育児休業」の3つです。社員の多様性を促進し、性別や正社員・非正規社員の違いによる賃金、待遇の格差をなくすことなどが挙げられます。また、男女別の育児休業取得数や、経営層の男女比率などの開示も求められ、多様性を受け入れる風土や制度の導入があるかを開示する分野です。


健康・安全分野

健康・安全分野の項目は、「精神的健康」「身体的健康」「安全」の3つです。社員の健康や職場環境、安全性などを示すもので、労働災害数、業務における傷害・健康障害による死亡者数などを開示します。また、安全衛生マネジメントシステムの導入や、ヘルスケアサービスの利用促進など、健康や安全への取り組みも開示範囲です。


労働慣行分野

労働慣行分野の項目は、「労働慣行」「児童労働・強制労働」「賃金の公平性」「福利厚生」「組合との関係」の5つです。企業と労働者が対等な関係であるかを示すもので、社員の健康や安全が確保されているかを測定します。その他、平均賃金や、社員の団体交渉権はあるのか、児童労働や強制労働がないかなども開示内容の例です。


コンプライアンス・倫理分野

コンプライアンス・倫理分野の項目は、「コンプライアンス・倫理」の1つです。コンプライアンスとは法令遵守のことを指し、法律を守り、業界の基準に従った経営活動ができているかを示します。ハラスメントの実態調査や、ハラスメントを防ぐための方針説明、コンプライアンスの研修を受けた社員の数・割合なども、開示する内容です。


人的資本開示でのポイント

企業が人的資本開示を行う際のポイントは何でしょうか。5つの内容を解説します。


ストーリー性を考える

人的資本開示では、単に開示情報を並べるだけでなく、ストーリー性を持たせて開示を行うことが大切です。ステークホルダーは企業がどのような課題を抱え、どのような対策を行っているかを見て、将来を含めた企業価値を判断します。自社の人材課題と具体的な施策を盛り込み、経営戦略とのつながりを意識した開示を心がけましょう。


開示情報は数値化して記載する

開示データは、具体的な数値を用いて定量的に記載するようにしましょう。定量的とは、数値や数量で表せる要素を指します。定量的の反対語は、数値化できないことを意味する定性的です。企業の課題を解決するための施策を提示する際は、データを具体的な数字で示すことで、資料の説得力を増すことが期待できます。


独自性・比較可能性のバランス

他社と比較しながら自社の優位性をアピールするためには、独自性と比較可能性のバランスが大切です。先述した「人的資本可視化指針」に基づいた情報開示を行うと、他の企業と類似した内容になりやすく、独自性に欠ける可能性があります。しかし、独自性に偏りすぎると人的資本開示として成り立たなくなるため、バランスを考慮した開示を行いましょう。


価値向上とリスクマネジメント

人的資本開示を行う際、価値向上とリスクマネジメントの取り組みを分けて記載する必要があります。たとえば、人材育成は企業価値向上への取り組みの1つです。一方で、身体的・精神的マネジメントやダイバーシティ施策は、リスクマネジメントの取り組みに分類されます。開示情報を整理し、ステークホルダーのニーズに寄り添った開示を心がけましょう。


人的資本開示を戦略的に進める

人的資本開示では、自社の魅力をいかにステークホルダーにアピールできるかも、重要なポイントです。情報を戦略的に組み立て、自社の価値を効果的に示しましょう。


戦略的な情報開示を行う際は、前述した内閣官房の「非財務情報可視化研究会」や、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」が役立ちます。その他、金融庁・金融審議会の「ディスクロージャーワーキング・グループ」の資料も参考になるでしょう。


※参考:金融庁|金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告 


※参考:金融庁|金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の公表について


人的資本開示の手順

人的資本開示では、資料を作成する前に行うべき作業がいくつか存在します。以下の5つの手順を参考に、準備を進めましょう。


1.開示する項目を選定する

人的資本開示では、競合と比較して、自社の強みとなる点を情報開示することが自社のアピールにつながります。ただし、前述した独自性と比較可能性のバランスを欠かないよう注意が必要です。また、開示する項目を選定する際は、開示することのリスクに加え、開示しないことによるリスクも考えましょう。


2.定量的なデータ収集・開示

人的資本開示のためには、データを定量的に収集し開示する必要があります。自社の課題に対する取り組みの結果を数値として示すことで、ステークホルダーに理解してもらいやすくなるでしょう。開示する項目と関連する情報を集める際は、マネジメントシステムなどを活用することも1つの方法です。


3.目標・KPIを設定する

データを収集したら、目標やKPIを設定しましょう。目標設定の際は、企業のビジョンや経営戦略とのズレがないよう決めることが大切です。KPIは「重要業績評価指標」と訳され、目標の達成状況を測定する基準となります。KPIを項目ごとに細かく設定することで、取り組むべき内容が可視化できるため、目標を達成しやすくなるでしょう。


4.部門間の連携を強化する

目標を達成するためには、各部門の連携を強化することも重要です。たとえば、人事部門はデータ収集のためのツールを整備する、経営戦略部門は施策の効果検証を行うなど、役割分担をして協力しあいましょう。複数部門で連携することで、説得力のある人的資本開示を実現できる可能性が高まります。


5.施策の改善を繰り返す

人的資本開示の取り組みは、短期間で効果が現れるものではありません。人的資本開示の施策を始めたら、PDCAを回して目標と現状のギャップを埋める作業を行いましょう。現場からのフィードバックを施策に反映させ、実施と改善を繰り返しながら目標達成を目指します。一連の施策と改善のプロセスは、開示情報にも盛り込みましょう。


人的資本開示のためのデータ分析事例

最後に、人的資本開示を行うために必要な人材データ分析・活用の事例を紹介します。


株式会社ニチレイの事例

株式会社ニチレイは、加工食品をはじめ、水産、畜産、バイオサイエンスなど幅広い事業展開を行う企業です。同社では、科学的なデータ・人材活用を促進できるツール「タレントパレット」を導入しています。「タレントパレット」では、36あるグループを横断して社員データを分析・活用できることが特徴です。


システムツールの導入によって、社内異動の機会が増加し、社員のキャリア支援やリスキル、離職防止につながっています。


大新技研株式会社の事例

大新技研株式会社では、社員データが社内に点在しており、人材の参照や資料作成に時間がかかることが課題でした。人材分析ツール「タレントパレット」を導入してからは、社員データを一元管理できるようになり、社員の成長支援に活用しています。


また、社員のスキルを可視化することで、プロジェクトへのアサインを、適正に行えるようになったことも効果の1つです。人的資本開示においても、データを活用しやすくなっています。


株式会社ADKホールディングスの事例

株式会社ADKホールディングスは、専門性の高いプロフェッショナル集団であることを目指す会社です。目標を実現するため、社内人材のスキルの現状を把握し、身につけるべきスキルを洗い出すことで、専門性の強化と生産性の向上に役立てたいと考えました。


タレントマネジメントシステム「タレントパレット」を導入することで、人事課題を可視化し、課題の改善を効率化することに成功しています。


まとめ

人的資本開示は、ステークホルダーに、自社の魅力を効果的に伝えるためも有効な手段の1つです。大手企業ではすでに義務化が進んでおり、今後さらに義務化する企業範囲が拡大されることが見込まれます。できるだけ早い段階で準備を始め、自社の人的資本を可視化できる状態にしておきましょう。


人的資本開示をスムーズに行うためには、社内の人材を可視化し、投資するポイントを見極め、PDCAサイクルを回していく必要があります。


タレントマネジメントシステム「タレントパレット」であれば、データを活用した科学的人事を実現し、経営の意思決定や人材育成、採用強化をスピーディに行うことが可能です。人的資本開示に興味のある人事担当者は、資料請求から試してみてください。


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