近年では、ビジネスにおいて人的資本経営への注目度が高まっています。自社でも人的資本経営を取り入れたい、事例を知りたいと考えている担当者も多いのではないでしょうか。本記事では、人的資本経営とは何なのか、人的資本経営の事例を解説します。人的資本経営に注目が集まる背景や取り組みも解説するため、下記の記事とあわせてぜひ参考にしてください。
人的資本経営の概要
そもそも人的資本経営とはどのような経営スタイルなのでしょうか。ここでは、人的資本経営の概要について解説します。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を企業が持っている「資本」として考える経営スタイルのことです。人材へ投資をして企業価値を高めるといった考え方で、研修を定期的に行ったりモチベーション強化などに取り組んだりします。
人的資本経営は、米国や欧州で注目を集めました。日本では、2020年に経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を開いたことで注目され始め、国内でも取り入れる企業が増加しています。
アフラックの人財マネジメント戦略と 人的資本の情報開示の現在地
※参考:経済産業省|人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~
従来の戦略との違い
人的資本経営と従来の戦略の大きな違いは、経営方針の方向性です。従来の経営戦略は、人材確保や管理をする際に長期定着を前提として考えていました。人材を資源として捉える考え方だといえます。
一方、人的資本経営では人材育成への投資に重点を置いていることが特徴です。人材を資本として捉えているため、社員の成長やスキルアップ、モチベーション向上を重視して投資を行います。
国内の人的資本の開示状況
日本では、2023年にTOPIX500指数構成銘柄の企業380社を調査したところ、人的資本を開示しているのは82社(21.6%)となりました。国内においては人的資本を開示している企業、人的資本経営を実施している企業は少ないと考えられます。
金融庁は2023年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」を発表しており、情報開示義務が改正されました。改正により、上場企業は有価証券報告書で人的資本の情報開示が義務付けられています。
※参考:パーソル総合研究所|有価証券報告書を通した人的資本のガバナンスの開示状況とその内容
※参考:金融庁|企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について
※参考:金融庁|有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等(サステナビリティ開示等の課題対応にあたって参考となる開示例集を含む)及び有価証券報告書レビューの実施について(令和6年度)
人的資本経営が注目される背景
日本でも人的資本経営への注目が高まっていますが、その理由はなぜなのでしょうか。ここでは、その背景を解説します。
これから見るべき人的資本KPIとは 人的資本経営に求められる人事データ活用のポイントを解説
企業情報開示義務の改正
前述したように、企業情報開示義務の改正も人的資本経営への注目が高まる理由の1つです。企業情報の開示が義務化されたため、指定された情報を有価証券報告書に記載しなければいけません。有価証券報告書は内閣総理大臣への提出する義務があり、怠れば懲役刑または罰金刑を受ける可能性があります。
※参考:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について
働き方の多様化
多様な働き方が浸透し始めたことも、人的資本経営の普及の要因です。リモートワークや短時間勤務といった働き方の広がり、コロナ渦などによって社員が持つ働き方や働く意義への意識が変化しています。企業と社員のつながりを強化するための対策として、人的資本経営が注目を集めているようです。
デジタルソリューションの普及
AIやIT技術などの発展により、ビジネスにおいてデジタルソリューションを活用するシーンが増えました。デジタルソリューションを効果的かつ効率的に活用するために、ITスキルを持つ人材への需要が高まっているようです。求められる人材が変化したことで、人材の育成へ投資する人的資本経営が注目も集まっています。
企業を取り巻く情勢の変化
近年は、企業と取り巻く情勢の変化が激しくなっています。たとえば、パンデミックの発生や、持続可能な社会への責任・取り組みなどに対応していかなければいけません。情勢の変化に柔軟に対応できる人材育成の重要性が高まっているため、人材の育成へ投資する人的資本経営が求められています。
人的資本経営のメリット
人的資本経営を取り入れることで、どのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、4つのメリットを解説します。
社員のエンゲージメントが高まる
エンゲージメントとは、愛着や思い入れのことです。社員のエンゲージメントが高まることで、モチベーション向上につながります。社員や社内の意欲が高まれば、企業としての生産力を向上させられるでしょう。また、質の高い商品やサービスの提供が可能となり、企業イメージの向上も期待できます。
人材育成・獲得に役立つ
人的資本経営では、人材を資本として捉えて人材育成への投資を行います。スキルアップや成長がしやすくやりがいも感じやすいため、社員にとっては働きやすい環境となるでしょう。社員が長く定着すれば人材確保につながるうえに、育成に力を入れることで求職者の応募率アップも見込めます。
投資・融資につながる
人的資本経営を導入することで、投資や融資を受けやすくなるというメリットもあります。人的資本の情報開示によって投資家からの評価が高まり、投資先として選ばれやすくなるでしょう。また、優良企業として評価されやすくなるため、出資につながりやすくなります。
生産性を向上させられる
人的資本経営の一環として社員のスキルアップや能力開発を実現することで、業務の効率化が期待できます。人材育成・獲得が強化されれば、採用や育成コストの削減にもつながるでしょう。業務効率化とコストカットが期待でき、企業としての生産性を高められます。
人的資本経営コンソーシアムとは
人的資本経営コンソーシアムとは、人的資本経営を実践と開示の2つの面からサポートする組織です。2022年8月に、金融庁や経済産業省によって設立されました。人的資本経営コンソーシアムでは、人的資本経営の取り組み事例の共有や企業間の協力、効果的な情報開示に関する議論などを目的として設立されています。
※参考:人的資本経営コンソーシアム|人的資本経営コンソーシアムの概要
人的資本経営の3P・5Fモデル
人的資本経営を実現させるためには、「伊藤レポート」の3P・5Fモデルを理解しておくことが重要です。「伊藤レポート」とは、「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書で、人的資本経営を実現させるための指標が記されています。
※参考:経済産業省|持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)
人的資本経営の3P
人的資本経営の3Pとは3つの「Perspectives(視点)」によって構成された経営指標です。伊藤レポートでは、3Pモデルが以下のように定められています。
・経営戦略と人材戦略の連動
・「As is-To be ギャップ」の定量把握
・企業文化への定着
人的資本経営では、以上の3要素は欠かせません。3Pの各要素の詳細は後述するため、そちらを参考にしてください。
人的資本経営の5F
人的資本経営の5Fとは、5つの「Factors(要素)」のことです。5Fは以下の要素で構成されています。
・「動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用」
・「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」
・「リスキル・学び直し」
・「従業員エンゲージメントの向上」
・「時間や場所に捉われない働き方の推奨」
5Fの各要素についての詳細は後述するため、そちらを参考にしてください。
人的資本経営の3P
ここでは、人的資本経営の3Pを構成する各視点について詳しく解説します。
経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み
人材に投資をして企業価値を高めるためには、経営戦略と人材戦略の連動が重要です。経営戦略と人材戦略の連動に求められることは、経営層が先導しての具体的な取り組みやアクションになります。たとえば、CHRO(Chief Human Resource Officer)の設置やKPIの設定、経営課題の抽出などの取り組みです。
『As is – To be ギャップ』の定量把握のための取り組み
「As is」とは現在の姿を示しており、「To be」は目指すべき姿を指しています。人的資本経営に取り組む際には、理想だけではなく現在の自社の状態を知りギャップを把握することが重要です。現在と理想のギャップを把握することで、人材戦略と経営戦略が連動しているかを確認できます。
企業文化への定着のための取り組み
理想とする企業文化を定着させるためには、策定段階から人材戦略の方向性をしっかりと決めておくことが重要です。たとえば、社員の行動や業務の姿勢を評価して、昇格や表彰を行うなどして社員に自律的なアクションを促すとよいでしょう。また、社員と企業で、企業文化や理念、行動指針などを共有することも大切です。
人的資本経営の5F
ここでは、人的資本経営の5Fを構成する各要素について解説します。
動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
企業が求める人材を確保するためには、長期的な戦略が必要です。経営戦略実現への目標から逆算した上で自社に必要な人材を検討しましょう。検討の際は、現在の人材状況やスキルだけに捉われすぎないことが大切です。将来の目標などを踏まえて、人材の採用や育成、配置などを計画的に進めることが求められます。
知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
インクルージョンとは、「包括」や「一体性」などを意味する言葉です。新しい価値観を生み出して顧客ニーズに応えるには、多様な価値観や経験、視点を持つ社員が欠かせません。また、成功事例やマネジメント方針などの情報共有を行うことで、協働を促進できます。
リスキル・学び直し
リスキルは、リスキリングとも呼ばれており、社員が新しい技術を習得する取り組みのことです。現代では社会変化が激しく、必要とされるスキルも変化しています。そのため、社員の積極的なリスキル・学び直しが求められるでしょう。企業として、社員に必要なスキルの提案やスキル取得の支援などの取り組みが必要です。
従業員エンゲージメントの向上
社員が自らの能力を最大限に発揮し、企業に貢献できるようにするためには、業務に対する意欲やモチベーションを高めることが重要です。人的資本経営に取り組み社員を大切にする姿勢を示すことで、社員のエンゲージメント向上につながるでしょう。企業としては、社員のエンゲージメントを定期的に確認することが求められます。
時間や場所に捉われない働き方の推奨
人材の多様化を進めるには、多様な働き方を選べるような環境の構築も必要です。働き方の選択肢を増やすために、マネジメントシステムや業務プロセスなどを見直しましょう。たとえば、リモートワークに対応している場合は、業務のデジタル化も合わせて推進していくことが大切です。
人的資本経営の事例
実際に人的資本経営に取り組んでいる企業も多くあります。ここでは、人的資本経営の事例を7つ紹介するため参考にしてください。
株式会社ニトリホールディングスの事例
株式会社ニトリホールディングスは、人材を育てることを重視した経営スタイルです。ニトリが重視する「コアコンピテンス(他社に真似できない核)」が社外からの人材にも理解してもらえるようにすることが課題でした。そこで、コアコンピテンスを理解した社内人材を軸として、育成やリスキリングに力を入れています。
日本特殊陶業株式会社の事例
日本特殊陶業株式会社は事業ポートフォリオの転換とあわせて、人財ポートフォリオの見直しにも着手しています。人財ポートフォリオの見直しを実施した理由は、新たな事業の立ち上げによって必要な人材が変化したからです。まずは人材に関する現状と理想を把握し、ギャップ埋めるための施策を展開しました。
株式会社横浜銀行の事例
株式会社横浜銀行では、人材の有効活用に力を入れています。同社は社員数が約1万人弱と多く、人的資本経営を実現するには、人事データの活用が必要と判断したようです。社員のエンゲージメント向上を目的として施策に取り組み、経営戦略と人材戦略の連動を行っています。
大新技研株式会社の事例
大新技研株式会社は社員のスキル管理に力を入れている企業です。従来はExcelでスキル管理を行っていましたが、システムを導入した取り組みを行っています。具体的には、社員各自にとって必要なスキルを考える機会を設ける、研修や教育に参加できるようにするなどです。社員が自分で目標設定できるため、モチベーションの維持にも役立っています。
株式会社インターネットイニシアティブの事例
株式会社インターネットイニシアティブでは、タレントマネジメントの強化に取り組んでいます。社員それぞれのモチベーションを高めて自己成長を促し、企業全体の成長につなげる取り組みをスタートさせました。各人材のスキルの可視化やタレントマネジメントシステムの活用などを通して、企業全体の成長につなげています。
株式会社トクヤマの事例
株式会社トクヤマでは、人材育成の見直しや戦略人事に実践を目標として人事制度を改定しました。同社では、人材育成と戦略人事を軸とした「科学的人事」に取り組んでいます。人材の情報を一元化して管理することで、人事担当者での共有がスムーズに進められるため、人材管理の効率化と人材育成につながっています。
株式会社日立社会情報サービスの事例
株式会社日立社会情報サービスでは、「人財」の計画的育成と活躍サポートを実施しています。従来は点在していた社員のデータを一元管理することで、「人財」の発掘と育成が効率的に行えるようになりました。また、蓄積したデータを活かして社員とのコミュニケーションを図り、コミュニケーションの活性化や信頼関係の構築などにつなげています。
まとめ
人的資本経営とは、人材を企業の資本として考える経営スタイルです。人的資本経営を実現することで、社員のエンゲージメント向上や人材育成・獲得の効率化、生産性向上などのメリットがあります。人的資本経営を取り入れる際には、人的資本経営の3P・5Fを押さえた取り組みを行いましょう。
タレントパレットは、大手企業をはじめとして、数多くの企業に導入されているタレントマネジメントシステムです。コンサルティングの知見から、人的資本の開示、意思決定を支援するシステムも提供しているため、お気軽にお問い合わせください。
人的資本の開示を スピーディーに可視化することに役立つシステムの詳しい情報はこちら