終身雇用から自律的キャリアへ
変わりゆく企業と個人の関係性
藤元は「日本の雇用環境は大きな転換期を迎えています。従来の終身雇用制度から、特にスタートアップ企業を中心に人材の流動化が進んでいます」と指摘し、自律的キャリア形成の今後について質問した。「ジョブ型雇用」や「自律的キャリア形成」という言葉が注目を集める中、特に若手人材の価値観には変化がみられる。曽山氏によれば、自律的キャリアが求められる背景には、保守的な発想があるという。
「若い世代との対話で印象的なのは、『自己成長』というキーワードの頻出です。経済成長の伸び悩みなど、将来への不安感から、どの企業でもサバイブできるよう、まずは守りを固めたいという発想が根底にあるように感じます」
実際、人気企業ランキングで大企業が上位を占めるのも、安定性や安心感を求める傾向の表れだという。また、入社後にスキル形成が思うように進まないと感じた30代、40代の転職も増加している。企業側は年配層の退職促進や若手の生産性向上のために「自律型」を掲げる一方、個人も自律の必要性を強く意識するようになってきている。
トップ人材の間でも興味深い変化が起きているという。「彼らが重視するのは、金銭的報酬ではなく感情的報酬です。人事用語で言えば、パーパスや社会性に通じる部分です」と曽山氏は説明する。経済成長が停滞する中、やりがいのある仕事や社会貢献が、自分の誇りとなる価値を生み出している。
サイバーエージェントでは、2021年に「日本の閉塞感を打破する」という企業パーパスを策定した。このメッセージは社内で大きな反響を呼び、特に社会貢献への意識が高い学生や若手社員の共感を集めている。曽山氏は「社員が自分の言葉で解釈できるビジョンやパーパスの方が、仕事への原動力になります」と話し、藤元も「組織のパーパスと個人のパーパスが重なり合うことで、初めて真のモチベーションが生まれます」と同意した。
サイバーエージェントの人材マネジメント
社員の「やりたい」を活かす仕組み作り
サイバーエージェントの特徴的な取り組みが、社員のコンディション把握ツール「GEPPO」だ。このシステムでは、毎月の業績を「天気」で表現してもらう一方、年に1~2回、将来携わりたい仕事をキーワードで自由に記述してもらう。
「数千人規模の従業員から集まる『やりたい』データは、実際の人材配置に活用されています。新規事業立ち上げや部門強化の際、役員会からの人材要請に対して、社内ヘッドハンター専門部署が候補者のリストアップを行います」と曽山氏は説明する。情報へのアクセスは専任ヘッドハンターと役員のみに限定され、「必要なら隠せる」という安心感があるからこそ、社員は本音を書けるという。
スキル評価の可視化がもたらす雇用のパラダイムシフト
人材マネジメントシステムの今後の展望について、曽山氏は「エンジニアやクリエイターなどの専門職については、既にスキルの可搬性(ポータビリティ)が非常に高く、自己申告したスキルに基づく転職や副業の仕組みが確立されつつあります」と説明する。一方で課題は総合職だ。明確な評価基準が存在しない分野においては、第三者評価のプラットフォームが今後重要な役割を果たすという。
信頼性の高い第三者評価システムが確立されれば、日本企業におけるジョブ型雇用とスキルベースの評価は一気に加速するだろう。スキル評価の可視化と客観的な評価システムの構築は、これからの雇用システム改革における重要な鍵となりそうだ。
戦略的人事の本質:経営課題解決の推進役として
人材マネジメントの戦略的重要性が高まる中、人事部門の役割が問い直されている。藤元は「多くの人事部門が日常業務に追われ、戦略的な機能を十分に発揮できていないように見えます。CHROという役職も、かつてのCIOという言葉が登場した初期段階のように、まだ概念が先行している印象があります」と現状の課題を指摘した。
曽山氏は、人事機能を経営に組み込むための要件について「人事機能を経営に組み込むためには、経営者自身による明確な意思決定が不可欠です。興味深いのは、必ずしも経営者自身が『人』に強い関心を持っている必要はないという点です」と指摘する。むしろ、人事の重要性を認識し、経営戦略として位置づけている企業の方が、業績向上につながる傾向が見られるという。
CHROと人事部長の本質的な違いは、経営課題の設定と解決にある。「例えば、3カ年で100億円の売上目標がある場合、現状の10億円から90億円のギャップを埋めるために必要な人事戦略を『経営人事課題』として設定し、その解決に取り組むことがCHROの役割です」と曽山氏は説明する。
人材ポートフォリオの戦略的転換
AIリスキリングから人材流動化まで
人材ポートフォリオの戦略的転換において、サイバーエージェントが特に注力しているのがAI人材の育成だ。「2年前から全社的な生成AIリスキリングを開始し、60分×5本のeラーニング講座を、藤田社長から新入社員まで全員が受講する取り組みを実施しました」と曽山氏。各講座には小テストを設け、役員陣も率先して取り組んだ結果、99.9%という高い完遂率を達成している。
また、エンジニアやデータサイエンティスト向けの上級講座も用意し、段階的なスキル向上を図っている。加えて、賞金総額1,000万円規模の生成AI活用コンテストも開催し、ここから生まれたAIを活用した業務効率化ツールなどが次々と実装されている。
藤元が「特に大企業では、新しい技術への適応が難しい人材の処遇が課題となっています」と指摘すると、曽山氏は「確かに難しい課題ですが、当社の場合、事業領域の広さを活かした社内転職が効果的に機能しています」と話した。「例えば、デザインスキルは限定的でも、その知識を活かせる部署への異動により、新たな活躍の場を見出せるケースも少なくありません」と曽山氏は説明する。
藤元は「社内の流動性を高めることが鍵となりそうですね。例えば自動車業界でのホールディングス化を考えると、EVエンジニアの企業間での人材交流など、M&Aを人的資本の統合という観点で捉え直す『人的資本提携』のような可能性も見えてきます」と新たな視点を示した。
曽山氏は「多くの企業では人事部門に人材移動の起案権限が十分に与えられていません。これは経営判断の問題であり、少なくとも役員会への提案権限を持たせることで、人材の最適配置がより進むのではないでしょうか」と課題を指摘した。
データ駆動の人材マネジメント
データを活用した人材マネジメントにおいても、社員のコンディション把握ツールGEPPOを活用している。社員の自己評価を「快晴・晴れ・くもり・雨・大雨」の5段階で収集し、これを定量化することで、全社平均や部署間比較、時系列での変化を可視化しているという。
「雰囲気が改善した部署の介入効果の検証や、新規事業部門特有の変動の理解など、実践的な活用を進めています」と曽山氏は説明する。データから課題が見られる場合も、数値を直接的に示すのではなく、「困りごとはありませんか?」といった寄り添う形でのアプローチを心がけているという。また、時間外労働の増加や急激なリモートワーク頻度の変化など、離職リスクを示唆する指標にも注目し、早期のケアに活用している。
データ活用の要諦について、曽山氏は「最も重要なのは、解決したい課題を一つに絞ることです」と強調する。「パルスサーベイなど複数項目を測定する場合、つい全ての指標で高スコアを目指してしまいがちです。しかし、それが必ずしも業績向上につながるわけではありません。例えば、『職場の人間関係の質が離職率に影響している』という仮説を立て、その改善に集中するなど、焦点を絞った取り組みの方が効果を生みやすい」と説明する。
サイバーエージェントの事例は、社員の興味関心の可視化、具体的なパーパスによる共感の創出、データを活用した意思決定など、2040年に向けた新たな人材マネジメントのポイントを示している。「優秀な人材が多数存在する日本企業の潜在力を、どう活かしていくか」。曽山氏が投げかけた課題の解決の糸口は、個人の成長と組織の発展を両立させる新しいマネジメントの仕組みづくりにあるのではないだろうか。