矢野晶也さん
株式会社ZOZO 人自本部 人自部 ディレクター。2008年入社。社内でのニックネームは「BOB」。
2004年の「ZOZOTOWN」開設以降、革新的なサービス展開で話題を巻き起こしてきた株式会社ZOZO。トップベンチャーとして急成長を続け、今や1,000人(連結)を超える規模となりました。“人自”部でディレクターを務める矢野さんは、そんな同社のことを「意外と古風な会社」と話します。
今回はZOZOの人事施策の歴史を紐解きながら、社内に根付くカルチャーや、タレントパレットを用いた人材活用の展望に迫ります。
それぞれにニンジンをぶら下げるのではなく、1つの大きなニンジンをみんなで追う
―御社では、人事部を「人自部」と表記された理由は何ですか?
これは当て字なのですが、もともと弊社では会社全体で調和を大事にしています。「競争」よりも「共創」。人事で言えば、従業員のことも 「他人事」じゃなく、「自分事」として考えられるように、自分の「自」を使って人自と書いています。
―今やグループ全体で1000人を超え、人の管理も、どうしてもデータ上で判断する部分が多くなったと思います。一人ひとりが見えづらくなってきたからこそ、自分事として考えることが大事ですね。
そうですね。「仕事」も仕えるの「仕」ではなく、自分の「自」を使って「自事」と書いています。与えられてやらされるものでなく、自分がやりたいことや、楽しいと思うことを仕事にできたらハッピーだよねという考え方です。
弊社は「楽しく働く」という考え方が根付いています。楽しく働けるようにすることで定着率が上がると思っているし、実際に弊社の退職率は、良くも悪くも一般的に見てとても低い数値です。
―「楽しく働く」を実現するために、人自部としてどんなことに取り組んでいますか?
我々人自部がすべきことは、3つ。「楽しく働けるための環境づくり」「楽しく働けるような制度づくり」「自分たちの目指すべき方向性を常々みんなに伝えること」です。そのための代表的な施策が、基本給と賞与が全員同額だったり、点数での人事考課を廃止したり、といった取り組みです。
―いずれの施策も大変話題になりましたが、改めて狙いや背景を教えてください。
それぞれにニンジンをぶら下げたところで、食べ終わったら新たなニンジンがないと、人は動かなくなってしまいます。ましてや誰かを蹴落としてまで評価されたい、他の部署よりもこの部署が頑張っているからその分見返りを多くしてほしいという考え方は意味がありません。
先ほどの「競争よりも共創」の話にも通じますね。一本の大きなニンジンをみんなで分け合う、という言い方をした方がわかりやすいかもしれません。基本給は本部長まで一緒ですし、ボーナスも全員一緒です。一つの共通の目標に対して、助け合いの精神で取り組む。弊社の考え方は、結構古風だと思います。
―日常のコミュニケーションの部分はいかがでしょうか?
ニックネームの文化があって、僕は「BOB」と呼ばれています。入社して3時間後くらいにつけられて、もう13年間BOBです。ニックネームで呼び合うと、距離感が圧倒的に縮まるのが良いところです。
あとは、フレンドシップマネージメント部の貢献も大きいです。
―フレンドシップマネージメント部はどのような部門ですか?
弊社には「EFM」(Employee Friendship Management)という考え方があります。従業員同士も親友のように、困ったら助け合うし相談もしやすい、そんな関係を目指すものです。フレンドシップマネージメント部は、そのための様々な施策を企画しています。
普段業務で接しない人とも、横断的に接する機会を作ってくれています。それも、コミュニケーションが円滑にできている理由の一つではないでしょうか。
―エンゲージメントや定着という側面で伺ってきましたが、事業の方にも良い影響は出ていますか?
現場から新規サービスに関するアイデアが活発に生まれています。特段、現場メンバーの提案を募る制度のようなものは用意していないのですが、これが不思議と自然に集まってきます。
この流れはもっと加速させていきたいので、一部のメンバーだけでなくみんなに自分事化してもらえるように、会社として制度化も検討しています。今年の4月からは「MORE FASHION手当」という取り組みを始めました。これは毎月一定のZOZOポイントを社員に支給する制度です。弊社はファッション好きやZOZOTOWN好きが集まっているものの、やっぱり「中の人目線」になってしまう部分があります。そこで、もっと自分たちのサービスを利用してユーザー目線で意見を出せるようにしたいという狙いです。
スピーディーなマインドチェンジを支えるのは、日々の「自分事化」の徹底
―矢野さんは外資系企業出身と伺いましたが、「古風」「助け合い」のZOZOに入って、ギャップはありませんでしたか?
ギャップはありました。前職はいわゆる成果主義で、職務定義やランク付けをされ、自分の力で這い上がっていく環境でしたから。けれど、この会社に入って改めて、人は支え合って調和しながら成長していくものだと気付かされました。
―それにしても、基本給もボーナスも一緒というのは初めて聞きました。
弊社ではよく、キャンプで例えることが多いです。キャンプはそれぞれに役割があって、火を焚くことが得意な人もいれば、海や川で魚をとってくることが得意な人もいる。テントを張ること、火を起こすこと、調理すること。それぞれの「得意」に沿って役割を全うする。「誰が偉い」とか「何をやったから偉い」とかではなくて、それぞれ得意なことをやって助け合うのが一番良いという考え方です。
―実際の組織で言えば、例えばマネジメントする側とされる側、リーダーとメンバーに差はないと。
もちろんです。その考えがあるから基本給とボーナスについても差がないです。とはいえランク定義はあって、その人の頑張り次第でランクごとに給与が上がる仕組みにはなっています。
―評価の仕組みはどうなっていますか?
全社統一の評価基準はなく、基本的に各事業部の判断でランクが決まります。なので、例えば同じランク5でも、「人自部門の基準はここだけど、広報部門だったらまた違う」という形です。
実は一度、全社共通基準の点数制を設けたことがありました。「この評価軸に沿って1から5で点数をつけてください」といった形ですね。もちろんマネージャーを集めて判断基準をレクチャーし、共通認識を持って臨みましたが、どれだけ認識合わせをしても人は想いも違うし考えも違うので、やはりブレてしまいます。時間をかけたわりには、従業員の不満が溜まってしまって。それで全社統一はやめて、事業部ごとの基準に戻しました。
―ここ数年で組織が急拡大したと思いますが、世の中には「50人の壁」や「100人の壁」という言葉もあります。御社はそういった壁にぶつかる瞬間はあったのでしょうか?
正直言うと、ありませんでした。うちでは、やりたいことや好きなことをして、それが結果として成長につながる。だから「成長するに当たってここが困った」というものはなかったです。
強いて言えば、まだまだベンチャー気質が強い会社ですので、昨日言っていたことと、今日言っていることが事業環境に応じて180度変わることもあります。昨日はみんなで右を向いていたけれど、今日は左を向かなきゃいけなくなった。そんな瞬間に、いかにマネージャーたちがいち早く動いて、現場のみんなを左に向けさせるか。
スピード感のあるマインドチェンジは求められますし、現場のメンバーもそれについてこられないと大変なので、そのためにも先ほど話した「自分事化」を重視しています。僕たちはそもそも、多くのユーザーの皆様に自社サービスの良いところを知ってもらいたい、驚かせることをやりたいという想いで集まっているはず。そこにブレないものを持っている組織に育ってほしいなと思っています。
人力の“エクセル管理”からSaaS管理へ。タレントパレットを導入した理由
―タレントマネジメントシステムのタレントパレットを導入したのはなぜでしょうか?
僕らは2年ほど前から使わせていただいています。それまでは、従業員の状況や経歴、スキル、資格などをエクセルで管理していました。すでにかなりの人数がいましたから、当然ファイルも重いですし、更新作業の漏れもある、途中でフォーマットが変わったりもしていて、もう無理があると感じていました。無駄な作業の発生や、ミスもあり、もっと戦略的に管理をしていかないといけない、と考えたのが発端です。
情報が整理できていないと、適材適所も実現しません。うちは事業においても新しいことを始めることが多いですが、それまでは、知っている人の中から「そういえばこの人がいたな、あの人もそうだな」と思い出すような選び方になっていました。そうするとやっぱり抜け漏れもありますし、最良の適材適所ではありません。
システムを使うことで、条件に合致する人は社内にこれだけいる、その中でも特にこの人が合いそうだから希望を聞いてみよう、という検討が可能になります。そうした人事配置をもっともっと正確に、活発にしていくことで、事業の成長につながると考え、導入しました。
「タレントパレット」は、 採用、育成、配置、離職防止、経営の意思決定支援をワンプラットフォームで実現。
人事にマーケティング視点を採り入れた「科学的人事戦略」を実践するタレントマネジメントシステムです。
―数百名の、しかも更新状況が異なるデータをエクセルからシステムに移行するとなると、かなり地道な作業が発生したのでは?
ものすごくカオスでしたね(笑)。残してある情報もあれば、残っていない情報もある状態でした。しかも毎月のように組織変更がある会社で、平気で部署名も変わっているので、「過去のこのA部署は、今はどの部署なの?」など、そういった照合も必要になりました。そのあたりも全部スッキリさせて、 あらゆる情報がちゃんと人に紐付くように整理しました。
今はさらに従業員の情報を充実させているところです。特に、その人がどう評価されて今のランクにいるのか、どう評価されてその人が部署異動したのかなど、人にまつわる「履歴」の情報を集めています。
―集めた情報を、今後どのように活かしていく予定ですか?
例えば人事考課制度を作るにあたって、今このランクにどれだけの人がいるか、ワンランク上がるのに平均何年くらいかかっているかをはじめ、評価されるのが早い人と評価されるのに時間がかかる人の違いを分析し、その 強みと弱みを補強できるものを会社として提供できたら良いですよね。
今はまだデータが出そろっただけの段階ではありますが、現時点ですでにわかったこともあります。例えば「この部門、平均年齢が若いのにすごく活躍している人が多い」とか。すると、 「なぜこの部門のメンバーはサービスへの感度が高いのか、だとしたらそれはなぜなのか」と、分析の糸口になってくれます。
―最後に、矢野さんが思う、人自部が担うミッションについて教えてください。
僕は、尊重と進化という言葉を掲げています。尊重はこれまでの話とも重なりますが、人はひとりでは生きていけないし何もできない。だからどんなことがあっても、お互いを尊重して信頼し合っていこうぜという想いです。じゃあどうやったらみんな信頼できるのかとか、そのためのコミュニケーションが生まれるのかというところは、僕達人自部が常々考えていかなきゃいけない。
進化に関しては、この20年間温めてきたうちの社風を、時代に合わせてどう進化させていくかという視点です。少し矛盾するかもしれませんが、弊社の古風な考え方は、一周回って新しいのかなとも思い始めています。いわゆる日本人が忘れてはいけないような助け合いの心は社風として残しつつ、それをいかに今の時代に合う形に進化させていけるか。現状に満足はしていません。
難しいですけどね、人自の仕事って。会社がやりたいことだけを従業員に突きつけるのもおかしいですし、その反面、従業員の言うことだけを聞いていたら会社としての意志がなくなってしまう。そこのバランスがすごく難しいけれど、すごく面白いです。