人事部門は プロフィットセンターである。


人事部門は プロフィットセンターである。

これまでの“勝利の方程式”が通用しない──。最近、そう実感する経営者が増えています。経営の教科書には、「商品・サービス市場への適応こそが経営の仕事」と書いてあります。そのためには、「顧客ニーズを満たす独自の商品・サービスを開発し、適切な価格と適切なチャネルで顧客のもとへ届ける」。でも、それをいくらがんばっても、現在はすぐに競合他社にマネされたり、技術革新によってまったく別のカタチで代替されてしまいます。では、競合他社との戦いに勝利する、新しい方程式はあるのでしょうか。それは、「労働市場への適応」を経営の最優先課題として取り組むことです。そのとき、人事部門の役割は、従来と大きく変わっていきます。どう変わるのか、みてみましょう。

「管理部門にコストをかけない」方針

「…というわけで、ウチの新スイーツとほぼ同じメニューを、名古屋の競合店が始めたようです。全国に広まるのも、時間の問題かと」。事業本部長の報告を、C社長は苦虫をかみつぶしたような顔で聞いています。もともと東南アジア旅行が好きだったC社長。旅行先で出会ったタイ料理の味にほれこみ、日本人向けにマイルドな味にしたタイ料理店を都心にオープンしたところ、SNSを通してOL人気に火がつきました。全国の大都市のビジネス街に次々に出店。従業員数1,000名超の一大チェーンへと成長を遂げました。
事業拡大にあたり、C社長にはひとつの信念がありました。それは、「お客さまと直接、接する店舗に注力するべき。管理を行う本部は極力、スリムにしなくてはいけない」というもの。店ごとに大きな裁量権を与え、スタッフの採用と育成、メニュー開発、チラシやWebサイトによる宣伝のやり方まで、すべて店舗にまかせてきました。C社長の出身地である地方都市の安いビルにある本部はせまく、スタッフの数も非常に少ないままでした。
順調に事業を拡大してきたC社長。でも、最近は業績が伸び悩んでいます。既存店の売上・利益がふるわないからです。タイ料理店は競争が激しく、新しいメニューを投入しても、すぐにマネされてしまいます。お客を呼び込むために、どうしても価格は抑えざるをえず、なかなか利益が上がらないのです。「いくら各店舗が努力しても、骨折り損のくたびれもうけの状態だな…」。どうしたらいいのか。考えあぐねていたC社長は、、飲食とは別の業界で起業して成功している経営者で、創業時になにかと相談に乗ってもらった、大学時代の先輩に相談してみることにしました。

人材活用こそが新時代の競争力の源泉に

「それは、オマエがチカラの入れどころを間違えているんだよ」。C社長の話をひと通り聞いたうえで、先輩は開口一番、そう言ったそうです。「チカラの入れどころ…ですか?」「うん。オマエは人材の管理はきちんとやっている。でも、人材を活用する努力をしていないんだよ」。
納得のいかないC社長は反論しました。「競合他社に人材力で負けているとは思えません。タイからの留学生は一定数いるので、飲食業界の厳しい人手不足のなかでも、店舗スタッフのアルバイトは充足しているんです。店舗ごとに大きな裁量権を与えていて、“自分の店をもっている”感覚が店長にあるのが魅力になっていて、店長人材も採用できています」。
これに対して先輩は言います。「では聞くが、1,000名いる従業員のなかで、新メニュー開発が得意なのは誰と誰だ? そいつらを本部に呼んで、簡単にマネできないメニューを開発させる手がある。ほかに、接客がうまいのは? そのメンバーにお客さまを感動させる接客マニュアルを作成させるのはどうだ? それから、新しい業態の店舗を開発したいと思っているメンバーはいないか? タイ料理店に続く、新しい事業の柱をつくってくれるかもしれないぞ?」
思いもよらない提案でした。「なるほど、すべてはヒトの活用。ヒトを活用できていれば、そのことが競合他社に対する競争力になるのか」。合点がいったC社長。思い返せば、本部のコストを抑えるために、人事部門には最低限の管理業務しか担当させていませんでした。人材の活用のための業務はまったく手つかずだったのです。

「タレントマネジメント推進室」設置の動き

先輩の助言を受けて、C社長は本部の人事部門を強化することに決めました。スタッフの数を増やすとともに、タレントマネジメントを導入。人材データのプラットフォームをつくり、適性のある人材を抽出して、会社の未来をつくっていくさまざまなプロジェクトチームに抜てきするためです。
タレントマネジメントを駆使することで、「新メニュー開発プロジェクトチーム」「接客マニュアル作成プロジェクトチーム」「新業態開発プロジェクトチーム」などが次々に立ち上がっていきました。その成果を実行していくことで、既存店の売上・利益が改善。新たにビジネス街のランチ需要に特化したベトナム料理店もオープンしました。人事部門がこれらの売上・利益を生み出したわけです。
このように、「人材を管理する」のではなく、「人材を活用する」ことに、多くの企業が注力し始めています。人事部門の中に「タレントマネジメント推進室」といった名称の部署をもうけたり、「人事スタッフ+現場マネジャー」といった構成で「タレントマネジメント推進プロジェクトチーム」を組成する例が増えてきています。たとえば昨年、従業員約2,000名規模のIT企業が「タレントマネジメント推進室」を新設。社員のキャリア開発を強力に支援する体制をつくりました。
この流れが進めば、「経営陣の下に事業部門と管理部門があり、管理部門の中に人事部がある」という組織図は、過去の遺物になっていくでしょう。そう、いまの時代、人事部門はプロフィットセンターなのです。