衝撃的な調査結果があります。日本企業の7割は人材データを活用できていないというのです。『人事白書2016』(株式会社アイ・キュー運営『日本の人事部』発行)によれば、人材データの「収集」を実行しているのは、全体の3割ほど。データの「分析」「活用」、さらには「分析するべき項目の企画や設計」となると実行企業は2割を切ってしまい、残る8割超が「実行していない・わからない」と回答しています。多くの企業が採用難や社員の育成、離職を課題とする中、なぜ人材データの活用はできていないのでしょうか。背景を探ってみました。
「データ分析」を実行しているのは10%台
調査では、「組織・人事戦略立案」「採用」「育成・キャリア支援」「労務・給与・人件費」といった、人事部門の17の業務領域について、データ分析を実行しているかどうか調査したもの。領域ごとに「分析の企画・設計」「分析を目的としたデータ取得」「データ分析」「分析結果の活用」と、データ分析のプロセスをどこまで実行しているか聞いています。一連のプロセスをすべて実行しているなら、4つとも「はい」とこたえる複数回答方式。4つともできていなければ「実行していない」を選択。実行しているかどうか不明ならば「わからない」とこたえる。企業の人事部門担当者や経営者4,130名から回答を得ています。
たとえば、「組織・人事戦略立案」領域について結果を見てみましょう。「分析の企画・設計」を実行しているのは15.2%。「分析を目的としたデータ取得」は20.5%。「データ分析」は19.2%。そして「分析結果の活用」を実行している企業は、わずか17.9%にすぎません。これに対して「実行していない」と「わからない」を合計すると、69.6%に達します。
「採用」と労務・給与・人件費」の2領域を除いて、ほかの15 領域で「実行している」という回答よりも、「実行していない」という回答のほうが上回っており、ほとんどの領域で「実行していない」+「わからない」は7割程度になっていました。
経営陣からデータを求められ大あわて
この調査結果は、実態を正しく反映しているのでしょうか。人事向けのサービスを提供している企業で、500社以上の人事部門を訪問している担当者に、「実感と合っているか」を聞いてみました。すると「ちょっと実感と違いますね」という回答。やっぱり、活用できている企業はもっと多い…? 「いえ、逆です。人材データの活用できていない企業は9割以上。ほとんどないというのが実感です」。な、なんと…。
この担当者によれば「“人材データを活用しなきゃいけない”と課題感はあるけれど、手をつけられていないところが40%ぐらい。そもそも人事として人材データの活用をしなきゃいけないと思っていないところが60%ですね」。少なくとも、人材データの活用を「やるべきことだ」と認識している企業が4割ある、ということ。その認識がどこから生まれたのかというと、経営陣から「人材のデータを提供してほしい」というオーダーを受けた経験からであるケースが多いそうです。
たとえば、経営者が「離職率を下げたい」という問題意識をもったとします。「これまで、どんな社員がどういう状況で辞めていったのか、記録を出してほしい」。そんなオーダーが人事部門におりてきます。しかし、人事マネジャーは頭を抱えます。そんなデータはないからです。
人事部には、いま在籍している社員、すなわち給与を支払っている社員の最新のデータは存在します。給与水準を決める「等級」「入社年次」、手当額を決める「役職」「家族構成」「持ち家か賃貸か」、通勤費を決める「住所」、今月の支給額を決める「勤怠」…。これらのデータの最新版はあります。でも、退職者の情報となると、退職時の上長の記憶に頼るしかありません。「その上長も辞めている」となれば、お手上げです。
データが「点」として保存されている
経営者が知りたいデータはもっとあります。「辞めた人材は、入社時にはどんなことを求めてウチに来たんだ? それが幻滅して『この会社は違うな』と思い始めたのはいつ、どんなことがあったからなのか?」。人事部門としては、入社時に提出してもらった履歴書の志望動機欄の記入や、毎期末の上長との評価面談のログなどを探し出して、経営者に提示しなければいけません。「過去の評価面談のログ、どこにしまったっけ…?」。大騒ぎして探しますが、経営者が満足するだけの情報の量・質を確保することはできません。
こんな経験をいちどでもしてしまうと、人事担当者にとって「経営陣へのデータ提供」というのは大変な手間ひまのかかるもの、という認識になってしまいます。本来は、経営陣に求められるまでもなく、人事部門で人材のデータを集め、分析して、「評価面談で『業務量が多い』と発言した社員は、3ヵ月以内に辞める可能性が高いです。発言者には特別に人事が面談して相談に乗り、フォローするべきです」といった提案ができればベストです。
しかし、現状はそれをやれるだけのデータがないし、あるとしても大変な手間をかけないと分析までたどりつけないのです。ただでさえ、人事管理業務で手いっぱいなのに、そこへ大変な手間がかかる仕事をこなす余裕はありません。これが、4割の企業の人事部門が「人材データの活用はやらなくてはならないことだが、できない」と認識している要因です。
人材データの活用に手間ひまがかかってしまうのは、データが「点」として存在しているからです。これには2つの意味があります。まず、空間上に点在しています。人材を採用したときの履歴書、評価のときの面談ログ、そして給与計算に必要な情報。それぞれ別のところにしまってあります。履歴書は紙で人事部門の棚の中、面談ログは経営陣のパソコンにワード文書で、給与計算情報はエクセルで人事スタッフのパソコンに、といった具合です。記録があればまだいいほうで、「人材の情報は現場マネジャーのアタマの中にしかない」という企業も少なくないのが実情です。
もう1つ、時間上に点在しているのも問題です。給与計算に必要な情報は最新のものでなければ意味がありません。古い情報は不要なので、どんどん捨てられていきます。退職者の情報が廃棄されてしまうのも当然です。また、採用時に提出された履歴書の情報はあっても、そこに記載されたスキルが、入社後の経験や研修によってどう変化したのかの記録はとっていないのです。でも、人材のデータを活用するとき、必要なのは時系列で蓄積された情報です。
データの蓄積を始めるなら「いますぐ」
たとえば成績優秀な営業や人望の厚いマネジャーといった、活躍している人材。そうした人材は、採用時のエントリーシートにどんなことを記入していたのか、採用面接で面接官にどんな評価コメントをもらったのか。そうしたデータを蓄積していれば、いま実施している採用活動で「エントリーシートにこんな記入をしている人材は活躍してくれる可能性が高いので、優先して採用する」といった活用ができます。でも、蓄積していなければ不可能です。まず、データを蓄積することが重要です。
では、データの蓄積はいつ始めるのがいいでしょう? いますぐ、です。データベースを活用したビジネスでは、どの分野であっても、パイオニア企業が圧倒的に優位になります。なぜなら、最初にデータの収集をスタートさせているので、いちばん多くのデータを保有しているからです。社内で人材データを活用する場合も同じで、いますぐ、データの蓄積に着手するべきです。
データの蓄積が進めば、たとえば「活躍している人材が採用時のエントリーシートに記入したこと」のデータ量も増えていきます。それを活用するときの精度も高まっていくのです。データをもとに仮説を立て、活用をしてみて、結果を検証し、次に活かす。このPDCAサイクルを回した数が多ければ多いほど、人材の活用度の高い会社になるでしょう。
人材データの蓄積が簡単にできるツールがタレントマネジメントです。いままでのように、経営陣からデータ提供のオーダーを受けて、大あわてすることはなくなります。すべてのデータがタレントマネジメントという人材情報のプラットフォームに蓄積されているからです。むしろ経営陣からオーダーが来る前に、人事部門のほうから先回りして人材データにもとづく提案ができるようになります。
カン頼みの経営から脱却するべき
経営陣から「人材のデータを提供してほしい」というオーダーを受けた経験がある人事部門は、「人材データの活用をやらなきゃいけない」という問題意識をもつようになります。しかし、そんな経験をしていない人事部門もあります。経営者が「人材データを活用しよう」と思っていないので、オーダーされることもないのです。
そういう経営者はえてして、自らの経験にもとづくカンを信じています。たとえば人材の抜てきや配置、育成についても、「こいつにはこんなタスクを与えると伸びる」といった経営者のカンにもとづいて実行しています。それは当たることも多いのでしょうが、仕組み化されていません。組織が大きくなると末端では適用できません。また、社長が交代してしまえば終了です。
会社がどれだけ大きくなっても、社長が誰であっても、人材に活躍し続けてもらうには、データと科学的な手法にもとづいた抜てき・配置・育成をする必要があります。そのためのツールとしてタレントマネジメントがあるのです。