「会社の未来をつくるため、新しい柱となる事業を立ち上げるぞ!」。トップの大号令で、新事業開発プロジェクトチームを組成することに。しかし、トップの熱い想いとはうらはらに、新事業を立ち上げるのにふさわしいとは、とても言えないメンバーが集まってしまった──。こんなことが、多くの企業で起きています。それに対し、「人材配置の立案に科学的手法を用いれば、最適なメンバー構成ができる」。そう提案するのは、企業の人材活用を支援するプラスアルファ・コンサルティング取締役副社長の鈴村さんです。提案の真意を聞いてみました。
経営陣が社員のことを知らない
──リクルートやサイバーエージェントなど、「人材を輩出している」といわれる企業がある一方で、そうした魅力的な会社に「人材が流出している」会社もあります。両者をわかつものはなんでしょう。
経営陣が社員を知っているかどうか。そこに大きな差があります。人材を輩出する企業では経営陣に全社員の情報が「見える化」されている。その情報をもとに、「Aさんにはそろそろマネジメントの経験を積ませたいから、リーダーに抜てきしよう」「B君のスキルと経験があればもっと高い成績を上げているはず。いまの職務や上長との相性が悪い可能瀬が高い。別の部署へ異動させよう」といったことをひんぱんに実行しているんです。その結果、適材適所が実現しており、社員はやる気をもって働く。個人としての成長スピードも速いので、「人材を輩出する」ことになります。
一方、人材が流出している企業。経営陣は、現場のマネジャーの報告を通してしか社員のことを知るすべがない。たとえば、現場のマネジャーと相性が悪く、能力はあるのに十分な活躍ができていない社員がいたとします。でも、経営陣には「相性が悪い」ことや「能力がある」ことは見えていない。現場のマネジャーからの報告がすべてだからです。だから、「もっと活躍してくれる部署へ異動させる」という手が打てない。そんな手を打つ必要性すら認識できない。結果として、社員は現状に不満を募らせ、転職していってしまうのです。経営陣は「思いのほか社員のことを知らない」のだと自覚するべきです。
──マネジャーの能力の問題ではないのですか。きちんと部下を評価できるマネジャーがいれば、うまくいきそうです。
いいえ。マネジャー個人の能力ではなく、「現場マネジャーしか人材のことを知らない状況」に問題があるのです。人材を配置しようとするとき、会社全体を考えた最適配置ではなく、部分最適の配置になってしまうからです。
現場のマネジャーしか人材の情報をもっていない。そんな企業で、経営陣が優秀な若手を集めて新事業開発のプロジェクトチームを発足させようとしたとします。なにが起きるか。部署間の駆け引きです。「ウチのA君が『新事業をやりたい』と? 絶対ダメだ。いま彼に抜けられたら、ウチの部署の成績はガタ落ちだ」とか。たいていの場合、そんなホンネは言わず、「A君にはそんなハードな仕事はムリだろう」といった理由をとってつけるものです。
社員情報は現場マネジャーのアタマの中に
──その「ムリだろう」という評価が正しいかどうか、経営陣には判断できないわけですね。
ええ。それに、現場マネジャーは自分の部署のメンバーの情報しか知らないので、ほかの部署から、たとえば「ウチのB君はアイデアマン。新事業開発に向いていると思う」という推薦があったとしても、B君のことをなにも知らない。だから、向き不向きについてなにも言えません。現場マネジャー同士で議論ができないわけです。現場マネジャーが自部署のメンバーについて推薦する、もしくは推薦しない。それがすべてで、だれもそれが本当に正しいのか判定できないんです。結局、現場マネジャーの意見がそのまま通ってしまう。
さらに、その現場マネジャーのアタマの中にある人材情報それ自体が不完全な場合が多い。たとえば、新事業は民泊関連のビジネスになる可能性があるとします。でも、既存事業には旅行業についての知識や経験は求められない。そうすると、現場マネジャーにとって「自部署のメンバーに旅行業についての知識や経験があるかどうか」などは無用の情報です。だから知ろうともしない。経営陣から「新事業開発プロジェクトチームのメンバーとして、旅行業についての知識や経験のある人材を推薦してほしい」と言われても、こたえられないんです。
人材と職場の“化学反応”を起こせ
──なるほど。経営陣が現場マネジャーを介さず、直接、社員の情報を把握する必要があるわけですね。よい方法はありますか。
社員の情報をすべて一元化して蓄積し、分析できる情報プラットフォームを構築するべきです。採用時のエントリーシートの情報から始まって、各ステージの研修の受講履歴とそこでの成績、毎期の評価と評価面談のログ、各種の社員アンケート調査の記入…。すべてを蓄積し、分析できるようにしておくのです。必要なときに、必要なデータを抽出し、人材の最適配置に活用することができます。
これによって、科学的に人材配置を実行できます。ある部署の若手を抜てきしようとしたときに、現場マネジャーは「彼にはまだそんな責任の重い職務はムリだ」と。それに対し、「当社の成績優秀な社員は、○年目から○年目の間に、マネジメント職に就いている。それからすると、彼を抜てきするのにいまがちょうどいいタイミングだ」と説得することができるわけです。
──人材情報のプラットフォームをうまく活用している企業の事例を教えてください。
たとえばRIZAPグループの例があります。完全個室型のジムが有名ですが、ほかにもアパレルや健康食品など、さまざまな事業を展開しています。おもにM&Aによって事業を多角化してきました。ですから、非常に多くの業種・職種の人材が集まっているわけです。経営陣は、これらの人材の情報を、プラットフォームを通して把握したうえで、「こっちの人材をあちらの職場に異動させれば、もっと活躍するだろう」といった具合に活用しています。それによって、人材と職場のよい“化学反応”を起こしています。結果として業績は伸び、企業成長のスピードを加速させているのです。
──なるほど。人材のスキルや志向といった“成分”を知り、それがいちばん活性化する職場に配置して、よい“化学反応”を起こす、と。そのための武器が人材情報プラットフォームなのですね。
その通りです。一般に名経営者と呼ばれるような方は、人材と職場の“化学反応”を起こすのが実に上手です。むしろ、“化学反応”を起こすのがうまいから、名経営者と呼ばれていると言えます。ただ、こうした名采配は、名経営者個人のカンで行われていたきらいがあります。人材情報プラットフォームは、誰が経営者であっても、データに基づいて科学的に「名経営者の名采配」を実行できるようにします。早くプラットフォームを整備して情報を蓄積し、最適な人材配置を行ってほしいですね。
鈴村 賢治
中央大学理工学部を卒業後、株式会社野村総合研究所に入社。 システムエンジニアとしてCRMシステムなどの開発に携わった後、営業・マーケティング責任者としてテキストマイニング事業に参画。 2007年、株式会社プラスアルファ・コンサルティングに入社 取締役副社長に就任。社員のパフォーマンスを最大化するためのタレントマネジメントの普及活動などのため、日々全国・世界を駆けめぐっている。共著に『顧客の声マネジメント』(オーム社)など