ウェルビーイング経営は、自社の利益追求にとどまらず、社員や取引先を含むステークホルダー全体の幸福を目指す経営手法です。近年、ウェルビーイング経営は大いに注目されています。しかし、どのような点にポイントを置いて経営を推進すればよいか、わからない人も多いでしょう。本記事では、ウェルビーイングの基本的な考え方から、企業での実践的な推進方法などを詳しく解説します。
ウェルビーイングの基本情報
企業経営において重要性を増しているウェルビーイングについて、基本的な考え方を解説します。
ウェルビーイングとは
ウェルビーイング(well-being)は、人々の心身の健康状態と、社会的な充実度を包括的に表現する概念として知られています。世界保健機関が定義した基準は以下のとおりです。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます(日本WHO協会:訳)」
ウェルビーイングは2つの側面から評価できます。1つは、個人の幸福感や生活満足度など、本人の主観的な評価による「主観的ウェルビーイング」です。もう1つの「客観的ウェルビーイング」は、収入や健康診断の数値、社会的な地位といった、外部から観察可能な指標で測定されます。両面からのアプローチにより、人々の総合的な幸福度や健康状態の把握が可能です。
※引用:一般社団法人日本ウェルビーイング医学協会|一般社団法人日本ウェルビーイング医学協会
主観的ウェルビーイングに注目
ウェルビーイングへの関心が高まるなか、主観的ウェルビーイングは特に注目を集めています。これまでは、社会の発展や豊かさを測る指標として、国内総生産(GDP)などの客観的な数値が重視されてきました。しかし、経済指標の向上という大きな変化は、必ずしも個人の幸福感や生活満足度の向上につながっていません。
一方、近年の研究では、社員の主観的な幸福度が、企業の生産性や業績に大きな影響を与えることがわかってきました。個人が感じる充実感や満足度といった主観的ウェルビーイングの向上は、企業の持続的な成長にとって重要な要素といえます。
ウェルビーイング経営とは
ウェルビーイング経営は、社員が身体的・精神的な健康を維持しながら、社会的にも充実した状態で働ける組織環境を整える経営手法です。
ウェルビーイング経営は単なる健康管理にとどまらず、社員1人ひとりの仕事への意欲やエンゲージメントの向上も重視しています。また、社員だけではなく、取引先や顧客、地域社会など、企業にかかわるすべてのステークホルダーの幸せが、ウェルビーイング経営の対象です。
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ウェルビーイング経営に取り入れるべきPERMAモデル
ポジティブ心理学の代表的研究者であるマーティン・セリグマン博士は、2011年に、持続的な幸福感を実現するための「PERMAモデル(パーマモデル)」を提唱しました。PERMAモデルでは以下のように、人々が真の幸せを感じるために必要な5つの要素を示しています。
・Positive emotion:ポジティブな感情
・Engagement:かかわりや没頭
・Relationship:豊かな人間関係
・Meaning:人生の意味や意義
・Accomplishment:達成や達成感
ウェルビーイング経営を実践するうえで、PERMAモデルは有効な指針となります。組織内で上記5つの要素を意識的に取り入れると、社員1人ひとりの幸福度が高まるだけではなく、組織全体の活力向上にもつながるでしょう。
なぜウェルビーイング経営が注目されるのか
企業を取り巻く環境が大きく変化する近年において、ウェルビーイング経営への関心が高まる理由を解説します。
少子高齢化による労働人口減少と人材不足
日本では少子高齢化が急速に進行し、労働人口の減少が深刻な社会問題となっています。人材不足の解決策の1つとして注目されているのが、ウェルビーイング経営です。
企業にとって労働力不足への対応は急務であり、従来型の雇用制度だけでは立ち行かない状況が生まれています。加えて、雇用の流動化が加速するなかで、優秀な人材の確保と定着は以前にも増して困難になってきました。働く人々の幸せを重視し、心身ともに充実した職場環境を実現するウェルビーイング経営は、企業の人材戦略における重要な選択肢といえるでしょう。
働き方改革による働き方の多様化
近年の働き方改革の進行は、ウェルビーイング経営への関心を高める要因の1つとなっています。残業時間の上限規制の厳格化に見られるような社会的動きに伴い、労働者の仕事に対する価値観は大きく変化しました。
社員1人ひとりが仕事と生活のバランスを保ちながら、心身ともに健康的に働ける環境づくりが求められるなかで、ウェルビーイング経営の考え方は不可欠です。
SDGsへの意識の高まり
SDGsに対する社会的関心の高まりも、ウェルビーイング経営が注目される理由となっています。たとえば、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」では、身体の健康だけではなく、心の健康や社会的な安心も重要な要素として位置付けられました。
目標8「働きがいも経済成長も」において掲げられているのは、単なる経済発展ではなく、すべての人が尊厳を持って生活できる社会の実現です。ウェルビーイング経営を通じて社員や取引先、地域社会など、さまざまなステークホルダーの幸福度を高められる企業は、SDGsの目標達成に貢献します。
国内総生産(GDP)では捉えきれない国の豊かさ
国内総生産(GDP)は、長年にわたり、国の豊かさを測る経済指標として用いられてきました。しかし、経済的な発展が必ずしも人々の幸福度向上に結びつかないことが明らかになり、経済力だけで国の豊かさを評価する限界が指摘されています。
企業活動においても同様に、単なる利益追求ではなく、社員の幸福度との両立が求められるようになりました。価値観の移り変わりのなかで、ウェルビーイング経営が注目されています。
ウェルビーイング経営のメリット
企業がウェルビーイング経営への取り組みを通じて得られる、具体的な効果について解説します。
人材を獲得しやすくなる
ウェルビーイング経営の推進は、人材獲得において強みとなります。社員の幸福度を重視する経営姿勢は、企業イメージの向上に直結し、求職者からの関心を集めやすくなるためです。
近年は、SNSや口コミサイト、企業のホームページなどを通じて、求職者が企業の職場環境や社員の声を詳しく調べる傾向が強まっています。実践的なウェルビーイング経営を行う企業は、自然に好評価を得やすく、結果として優秀な人材の確保につながるでしょう。
離職率が低下する
ウェルビーイング経営の導入によって、離職率低下が期待できます。一般的に、退職の主な理由として挙げられるのは、職場の人間関係の悪化や過度なストレス、厳しい労働環境、ワークライフバランスの崩れなどです。
社員に退職を考えさせる状況は、ウェルビーイング経営により解消される可能性があります。社員の心身の健康維持、働きやすい職場環境の整備、良好な人間関係の構築を重視するウェルビーイング経営で、離職率を低下させましょう。
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生産性が向上する
ウェルビーイング経営の実践は生産性向上につながる要素です。幸福度の高い社員は仕事への集中力が高く、病気による欠勤も少ない傾向にあります。心身ともに充実した状態を維持することは、パフォーマンスを発揮するためのポイントです。
ウェルビーイング経営の推進により、職場環境が改善されると、より多くの社員が高い幸福度を実感できるようになります。社員1人ひとりの生産性が向上すれば、企業全体の生産性向上も可能です。
企業価値が向上する
ウェルビーイング経営の実践は、企業価値の向上にも大きく貢献します。幸福度の高い社員は、顧客対応においても前向きで質の高いサービスを提供できる傾向にあり、結果として顧客満足度を向上させるためです。
また、社員1人ひとりが心身ともに充実した状態で働ける環境が整うと、個々の能力を最大限に発揮しやすくなるでしょう。顧客との良好な関係構築だけではなく、新しいアイデアやイノベーションの創出も促進されると、やがて企業全体の価値が向上します。
ウェルビーイング経営で企業が取り組む施策
ウェルビーイング経営の実践に向け、施策の具体例を交えながら解説します。
心身共に健康であるための施策
心身ともに健康で働ける環境づくりは、ウェルビーイング経営の基盤となります。社員が安心して働けるように、労働条件の明確化と働きやすい環境の整備を通じて、社員が意欲的に仕事に取り組める環境を整備しましょう。社員の心身の健康を守る施策の具体例を以下に示します。
・定期健康診断の受診サポート体制の整備
・がん検診など各種健康診断の費用補助制度の導入
・適切な労働時間管理の徹底による長時間労働や休日出勤の是正
・働きやすい労働環境の整備
・メンタルヘルスケア体制の構築
企業への帰属意識を生じさせる施策
ウェルビーイング経営では、社員1人ひとりが組織に愛着を持ち、同僚との交流を深められる環境づくりを重視しています。組織への愛着から交流が深まると、社員のエンゲージメントが向上するという好循環が生まれるでしょう。
結果として、仕事へのやりがいや企業への好感度が自然に高まり、業務への集中力向上にもつながっていきます。企業への帰属意識を生じさせる施策の具体例を以下に示します。
・環境整備に向けた社員満足度調査の実施
・社内コミュニケーションツールの導入
・フリーアドレスの導入
良好な人間関係を築く施策
良好な人間関係は、幸福感をもたらす重要な要素です。ウェルビーイング経営を推進し、同僚や上司、部下との職場での関係性はもちろん、家族や友人との私的な関係も含めて、バランスの取れた人間関係の構築をサポートしましょう。公私ともに良好な人間関係に恵まれた社員は、ストレスも軽減されます。良好な人間関係を築く施策の具体例を以下に示します。
・メンター制度の導入
・バディ制度の実施
・部署間を超えたプロジェクトの編成
・社内部活動の推進
・懇親会開催費用の補助
ワークライフバランスを向上する施策
ウェルビーイング経営でワークライフバランスの向上を考える際は、PERMAモデルのMeaning(ミーニング)の概念が重要です。Meaningは一時的な満足感ではなく、人生全体を通じた価値観や目的を意味しています。ウェルビーイング経営では、社員の人生そのものを大きなキャリアとして捉え、仕事と私生活のバランスを整えなくてはなりません。
企業には、社内でのキャリア形成支援だけではなく、社員の人生全体を見据えたキャリア構築への配慮が求められます。仕事や人間関係、子育て、趣味、ボランティア活動など、さまざまな活動のバランスが取れている状態を目指しましょう。ワークライフバランスの向上に向けた施策の具体例を以下に示します。
・フレックスタイム制の導入
・時間単位で申請可能な有給休暇制度の導入
・キャリアプラン研修の実施
・ワークライフバランス研修の実施
ウェルビーイング経営を推進するポイント
経営層の意識変革から具体的な施策まで、ウェルビーイング経営を推進するポイントを解説します。
経営層から意識変革する
ウェルビーイング経営の成功には、経営層からの意識変革が不可欠です。たとえば、多様な働き方を推進する新制度を導入しても、経営層自身が従来型の働き方を続けていては、効果は限定的なものとなってしまうでしょう。
企業のトップが率先して新しい働き方を実践し、各部署の責任者が後に続くと、組織全体に変革の波が広がります。ウェルビーイング経営の実現に向け、まずは経営層の意識を改めましょう。
労働環境を改善する
ウェルビーイング経営の実現に向け、長時間労働や休日出勤の日常化を是正しましょう。まず、労働時間や有給休暇の取得率などを数値化し、現状を正確に把握してください。
数値を踏まえて労働環境を改善するためには、柔軟な働き方の推進が必要です。たとえば、リモートワークやフレックスタイム制度、時短勤務、副業・兼業の許可など、働き方は多様化しています。さまざまな働き方を可能にする制度の導入を検討し、ライフスタイルに合わせて働ける環境づくりを目指しましょう。
メンタルヘルスケアを充実させる
ウェルビーイング経営では、社員の精神的健康を維持する取り組みも求められます。メンタルの不調を未然に防ぐには、ストレスマネジメント研修の実施やストレスチェック制度の導入など、予防的な取り組みが効果的です。
不調の早期発見・対応も欠かせません。社員が気軽に相談できる窓口の設置や、産業医との定期的な面談機会の確保など、問題が深刻化する前に対応できる体制を整えることが、健全な職場環境の維持につながります。
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社員の満足度を調査する
ウェルビーイング経営を効果的に推進するためには、定期的な社員満足度調査が欠かせません。調査では、社内制度・職場の人間関係・待遇・職場風土・キャリアパスなど、さまざまな観点から社員の意見や満足度、不満に感じていることを収集します。
収集したデータを詳細に分析すると、社員のウェルビーイング向上に必要な要素が明確になり、的確な施策の立案につながるでしょう。また、調査により、社員のエクスペリエンス(採用から退職までの経験や体験)を包括的に理解できれば、それぞれのステージに応じた適切なサポートも検討できます。
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ウェルビーイング経営に適したシステムの導入
ウェルビーイング経営をより効率的に推進するために、システムを適切に活用しましょう。社内の誰もが気軽にコメントを投稿できるプラットフォームや、社員同士が円滑にコミュニケーションを取れるツールの導入は、職場の一体感を高める効果があります。
さらに、ウェルビーイング経営に適したツールとして、タレントマネジメントシステムなどの導入も検討しましょう。タレントマネジメントシステムで社員の成長やキャリア開発、満足度などのデータを分析すると、より効果的にウェルビーイング経営を実現できます。
ウェルビーイング経営に取り組む際の注意点
ウェルビーイング経営の成功に向け、押さえておくべき注意点を解説します。
ウェルビーイングへの取り組みを数値化する
ウェルビーイング経営の取り組みにおいて、可能な限り目標や結果を数値化しましょう。抽象的な施策では社員に具体的な価値が伝わりにくく、効果の検証も難しくなります。たとえば、定期的に測定する社員のストレスレベルや健康診断結果、労働時間など、さまざまな指標は数値化が可能です。
また、社員の心身の状態を厳密に数値化することで、客観的な評価が可能になります。問題が発生した際の原因特定や対策立案が容易になれば、労働環境を効果的に改善できるでしょう。
社員の声を反映する
ウェルビーイング経営を成功に導くためには、社員の声に耳を傾けましょう。1on1ミーティングや人事評価結果をフィードバックする機会を活用して、社員の健康状態やストレスレベルをきめ細かくヒアリングしてください。
定期的なアンケート調査も、社員が抱える課題や要望の把握に役立ちます。社員の声を丁寧に集めて分析し、より効果的な施策を立案しましょう。
社員自身が心身の健康状態を把握する
ウェルビーイング経営では、社員自身による健康管理の意識付けも重要な要素です。たとえば、健康管理アプリを導入すると、社員は日々の心身の状態を容易に把握できるようになります。企業側も社員の健康状態をリアルタイムでモニタリングして、状況に応じた適切なアドバイスやサポートを提供するとよいでしょう。
まとめ
ウェルビーイング経営は、社員の心身の健康を維持し、仕事もプライベートも充実した状態で働ける組織環境を整える手法です。ウェルビーイング経営を実現するためには、社員の声を反映させた施策を立案し、施策の目的や目標をわかりやすく掲げましょう。また、タレントマネジメントシステムの導入もウェルビーイング経営の推進に役立ちます。
タレントパレットは、多くの導入実績を持つタレントマネジメントシステムです。長期にわたるHRテック分野での経験と最新の知見をもとに開発され、導入から運用まで一貫したコンサルティングを受けられます。ウェルビーイング経営を推進するためにも、ぜひタレントパレットの導入を検討ください。