サクセッションプランの基礎知識
サクセッションプランの導入にあたっては、前提となる基礎知識が必要です。ここでは、サクセッションプランの概要を解説します。
サクセッションプランの概要
サクセッションプランとは、事業の後継者を育成する施策のことです。プランの策定にあたっては、長期的かつ綿密な計画が求められます。また、将来に渡って組織を牽引する幹部や経営者候補となる人材について、効果的に育成する内容であることが重要です。
サクセッションプランを策定しておけば、幹部や経営者が必要となった際に迅速な事業承継ができます。安定した経営を続けるためには、経営に関わる幹部候補者などの後継者を早い段階で選定し、計画的に育成する取り組み不可欠です。
サクセッションプランの意味
サクセッションプラン(Succession planning)は、直訳すると「継承」や「相続計画」という意味がある言葉です。ビジネスシーンにおいては「後継者育成計画」と訳されています。
現在は、日本でも注目が高まっていますが、欧米ではすでに一般的な言葉です。また、日本では将来の後継者育成だけではなく、サクセッションプランは次世代リーダーとなり得る若手を選定したり、育成したりすることも含まれます。
人材育成・後任登用との違い
サクセッションプランは、人材育成や後任登用と混同されるケースが少なくありません。しかし、それぞれ内容が異なります。
人材育成との違い
サクセッションプランは、事業承継のための後継者育成です。人材育成とは、人事担当が主体となり、企業が求める人材の育成を目的としています。人材育成の対象となる人材は広範囲であり、育成期間が比較的短期間なのが大きな特徴です。
一方、サクセッションプランの場合は、育成対象を幹部候補や経営者候補などに絞ります。経営者や幹部の責任が重責であるため、対象となる人材の育成期間は長期間に渡り、経営陣が自ら育成を担当することも特徴です。
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後任登用との違い
後任登用とは、幹部が退職したり移動したりした場合に、その幹部の直属の部下などから相応の人材を選ぶことです。選ばれる人材のほとんどは、年齢や職務などを勘案して幹部層に近い立場や直属の部下となります。制度化はされていませんが、年功序列制の延長ともいえるでしょう。
選考する側や選ばれる側の認識が、ある程度一致しているため、選考期間が比較的短くて任命範囲が狭いことが特徴です。サクセッションプランは選考期間が長く、任命範囲が広いことが特徴であり、年齢や組織、社内での関係性などは問いません。
サクセッションプランには誰が関わる?
通常の人材育成であれば、担当するのは人事部や直属の上司、先輩社員などです。しかし、サクセッションプランは、原則として経営者や経営陣が主体となって行います。人事部などが主導となる人材育成に比べて、より経営者的な視点を養う方式といえるでしょう。
後継者候補の選定や育成計画の立案、計画の運用などは、経営陣と人事部、部署の管理者などが話し合いながら進めます。人事担当者は、後継者候補へのメンタルケアなどのサポートを行うことが主な役割です。
重要視されている背景
サクセッションプランが重要視されているのは、どのような背景があるのでしょうか。ここでは、代表的な4つの背景を解説します。
企業を持続的に成長させるため
持続的に成長させている企業の多くは、サクセッションプランを重要視する傾向にあります。企業の理念を明確に受け継ぎ、迅速かつ的確な経営判断ができる人材がいなければ、企業の成長は実現できません。
後継者の選定を誤ってしまえば、経営に支障がでる可能性があります。事業承継後に経営が失敗すれば、倒産する可能性も否定できません。そのため、後継者候補となる人材の育成は不可欠であり、サクセッションプランは企業の今後の展望にも大きく関わります。
後継者不在によるリスクを軽減するため
後継者がいないことを理由に倒産する企業は増加傾向です。そのため、後継者への事業承継は企業にとって大きな課題といえます。事業を承継する後継者が不足していれば、いざというときに対応できず、経営を継続できないリスクが生じるでしょう。
経済産業省が調査委託した「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査報告書」によると、多くの企業で、サクセッションプランの取り組みが十分ではないとされています。次世代の後継者を育成するとともに、企業の成長を止めないためにも、早い段階でサクセッションプランに取り組むことが重要です。
※参考:経済産業省 コーポレートガバナンスに関する各種委託調査について
コーポレートガバナンス・コードに記載されている
コーポレートガバナンスとは、株主、顧客、社員、地域社会など、多様なステークホルダーの立場を基盤とした仕組みです。その目的は、透明性と公正性を保ちながら、迅速かつ的確な意思決定を実現することにあります。
この理念を実現するための原則や指針を体系化したものが、コーポレートガバナンス・コード(CGコード)です。CGコードにおいて、取締役会には以下のような責務が指摘されています。
・企業の目指すビジョンや具体的な経営戦略を踏まえた意思決定を行うこと
・最高経営責任者(CEO)などの後継者計画の策定や運用に主体的に関与すること
・後継者候補の育成が計画的に進むよう、適切な監督を実施すること
これらの指摘により、サクセッションプランの重要性がますます高まっています。
ISO30414での言及が増えている
ISO30414とは、人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインです。2018年12月に国際標準化機構(ISO)より発表されました。ガイドラインのなかで、サクセッションプランが設けられており、持続可能な労働力計画に不可欠なツールと説明されています。ISO30414で重要性が言及されたことによって、さらに注目度が高まり重要視されるようになりました。
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サクセッションプランのメリット
サクセッションプランには多くのメリットがあります。ここでは、代表的なものを3つ解説します。
組織の活性化につながる
後継者候補に選ばれた社員は、経営陣に加わることが目標となって業務への意欲が高まるでしょう。後継者候補たちが積極的に仕事を進めて企業に貢献すれば、他の社員にも好影響を与えます。
たとえば、社内全体のモチベーションが向上して活気のある職場になるかもしれません。また、後継者候補たちが社員の牽引役になり、リーダーシップスキルを身につける可能性もあります。
経営リスクを軽減できる
サクセッションプランの大きなメリットは、経営リスクの軽減です。なんらかの事情により、経営陣が突然退任してもスムーズな引き継ぎができます。その結果、経営の安定性が担保され、事業を着実に継続することが可能です。さらに、外部から経営陣を新たに登用する必要性が低下するため、採用に伴うリスクやコストも軽減されるでしょう。
人材育成の方向性が明確になる
サクセッションプランを導入すれば、人材育成の方向性が明確になることもメリットです。サクセッションプランでは、将来の経営者や経営陣になる人材に対して、必要なスキルや経験を具体的に定義します。
また、経営者や経営陣を育成するために、体系的なプログラムを構築しやすくなる点もメリットです。明確な育成方針があれば、適材適所の配置が可能になり、人材を効果的に活用できるようになるでしょう。
サクセッションプランのデメリット
サクセッションプランには、デメリットもあります。ここでは、重要度の高いデメリットを3つ解説します。
長期的なコストが発生する
サクセッションプランは、長期的な視点での人材育成が必要となるため、育成計画に時間とコストが必要になります。育成担当者や外部講師など、人的リソースも確保しなければなりません。短期的な効果を判定しにくく、費用対効果が分かりづらいため、できるだけ数値化できる育成計画を立案しましょう。
候補者の離脱リスクがある
後継者の育成中に対象者が退職する可能性もあります。長期に渡ってコストやリソースを使いながら育成しても、候補者が離脱すれば無駄になるでしょう。候補者の辞退は、サクセッションプランに大きな影響を及ぼします。そのため、育成対象の選定を慎重に行いつつ、離脱リスクも考慮した計画が必要です。
社員間の公平性に関する課題
サクセッションプランにより、社内の公平性が担保できなくなる可能性もあります。候補者に選ばれなかった社員が不満を募らせると、社内の雰囲気も悪くなるかもしれません。公平性の欠如は、組織全体の士気低下につながる要素です。そのため、サクセッションプランを進めるためには、評価基準や選抜プロセスの透明性が強く求められます。
サクセッションプランを導入するまでの手順
サクセッションプランの導入を成功させるためには、手順を知ることが重要です。ここでは、具体的な手順を解説します。
1.経営戦略とビジョンを明確化する
はじめに、経営戦略や経営ビジョンを再確認します。問題があれば改善しなければなりません。経営戦略や経営のビジョンは、サクセッションプランの中核となるものであるため、明確化することが大事です。
明確化された経営戦略や経営ビジョンに基づいて、どのような人材を獲得して育成すべきか決めます。その際には、自社の現況や競合の優位性も確認して、今後の方針を整理しておきましょう。サクセッションプランは、長期間に渡る育成となるため、中長期的な視野を持つことが重要です。
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2.対象となるポジションを決める
次に、対象となるポジションを決めます。後継者といってもポジションはさまざまです。代表取締役を育てるのか、経営陣クラスや部長職を育てるのかでは育成方針が異なります。求める人材要件を決めるためにも、育成対象となるポジションは絞るようにしましょう。組織内において、重要とみなされるポジションも明確にしておく必要があります。
3.ポジションの人材要件を決める
サクセッションプランの対象ポジションを決めた後は、人材の要件を決めましょう。人材の要件や人材像は、対象となるポジションによって異なります。たとえば、役員候補となる人材を育成する際には、経営に関する知識だけでなく、リーダーシップや業界での人脈やコミュニケーション能力が必要です。また、グローバルな視点も求められます。
対象となるポジションに対して、どのような人材が必要か検討し、応募要件を細かく洗い出しましょう。なるべく具体的な項目を設けて、人材要件をまとめておくのが理想的です。
4.要件に合う人材を選定する
ポジションや人材要件が決まれば、社内から候補者を選定しましょう。社内に該当者がいない場合は、外部から採用しなければなりません。主な選定方法は「自他による推薦方式」「選抜試験・研修方式」「アセスメント方式」の3つです。面接やグループディスカッションを行うケースも少なくありません。
ポジションごとに候補者をその都度募るのか、複数名をプールしておいて選定するのかによって、絞り込み方法も異なります。大事なのは、社内全体のモチベーションを向上させることです。候補から外れた社員へのケアも忘れずに行いましょう。
5.候補者に合わせた育成計画の立案・実行
候補者を決めたら、ポジションと各候補者に合わせた育成計画を作成します。候補者は、それぞれに個性があり、スキルや信念などはさまざまです。また、ポジションによって求められる職務内容も異なります。各候補者のスキルや信念などを踏まえて育成計画を立てれば、モチベーションアップにもつながるでしょう。
6.育成の進捗確認とフィードバック
サクセッションプランは長期間の育成が不可欠なため、定期的に進捗確認や評価が必要です。評価した内容は、候補者にフィードバックしなければなりません。候補者の成長状況や課題を一定期間で区切って振り返り、その内容を育成計画に組み込んで軌道修正します。もしもポジションに適した人材が育たなければ、新たに候補者を選定し、サクセッションプランを練り直しましょう。
7.後継者の決定およびサポート
育成した人材は、最終的な評価を行って後継者としての可否を見定めます。最終評価の方法はさまざまあるものの、指名委員会などで議論したうえで、取締役会にて後継者を決定する方法が一般的です。
ただし、後継者を決定しても即就任とはなりません。現場経験を積ませたり、経営スキルを磨けるポジションに配属させたりします。経営者としての素養を身につけられるように、段階を追ってサポートすることも必要です。
サクセッションプランの導入事例
サクセッションプランの成功には、事例を知ることが近道です。ここでは、7つの事例を紹介します。
大手銀行の事例
ある大手銀行では、次世代のトップと役員候補を育てるために、2007年6月からサクセッションプランを導入しました。大手銀行のなかでは、比較的早いタイミングで開始したといえます。
具体的には、役員に求める7つの軸を設定し、指名委員会を設置しました。さらに、候補者の評価や選抜プロセスの透明性を高めるため、外部コンサルタントの意見を取り入れています。その結果、客観性と多角的な視点を兼ね備えた人材選定が可能となりました。
食品製造業の事例
食品製造業の企業では、40歳前後の社員を次世代のリーダーとしてプールしています。後継候補者の数を即座に把握できるように、役員や部長などのポジションごとに候補者のマップを作成しました。
約10年後のビジョンをイメージして、育成方針も決定しています。社内だけでなく、外部の人材もサクセッションプランの対象として検討しているのが特徴です。社外取締役に意見をもらうなど、さまざまな工夫も凝らしています。
化学業の事例
ある化学企業では、組織の硬直化防止のためにサクセッションプランを導入しました。独自のサクセッションプランを準備し、人材のレベルを3つに分類しています。また、それぞれに適した育成プログラムを実施しているのが特徴です。育成プログラムは、3種類に分かれていて、内容は次のようになります。
・ReadyNo:今すぐ後任として責任を遂行できるようにする
・ReadySoon:1〜3年後を見越して現業務と並行して育成プログラムを実施
・MidTeam:3~5年後を見越したポテンシャル人材として長期的に能力開発へ臨む
また、コーチングや360度多面評価のフィードバックを通して、本人に課題達成度を還元しているのも特徴的です。
自動車製造業の事例
自動車製造業では、役員や部長クラスの人材を育成するプログラムを実施している企業もあります。3つの柱からなるプログラムを通じて、グローバル幹部にふさわしい能力の開発が目的です。3つの柱は次のようになります。
・経営哲学や幹部としての期待
・人事管理
・育成配置と教育プログラム
さらに、次世代のリーダーを育てる施策の一貫として、社員へのキャリアパスの提示やジョブローテーションなども行っています。
精密機器業の事例
ヘルスケアアイテムを多く扱う企業では、2006年より社長が指名した人材で形成されている「社長指名諮問委員会」を設置しました。「社長指名諮問委員会」では、緊急事態が生じた場合の継承プランやサクセッションプランを毎年審議し、取締役会に答申しています。このような取り組みは、サクセッションプランの透明性を高めるために効果的です。
情報サービス業の事例
情報サービス業を営む企業では、経営陣自らが後継の候補者を挙げ、最適な候補者が誰か議論するセッションを実行中です。海外事業の拡大、市場や環境の変化にも柔軟に対応できるように、経営幹部を担う人材の育成に注力しています。
また、グローバル経営人財育成プログラムの新規修了者という指標を掲げ、設定した次年度の目標人数および今年度の実績を合わせて開示しました。人的資本経営を目指して複数の施策を行っている点も特徴です。
建設機械業の事例
建設機械業を営む企業では、主に経営陣や幹部(工場長・部長など)を対象とした人材開発を行っています。また、2006年より自社への理解と情報の共有を目的として、セミナーを実施中です。セミナーにより、自社の文化や歴史、戦略、リーダーシップ、強みと弱みなどを共有しています。
さらに、自社への理解を深める施策も実行中です。年1回は、海外現地法人の幹部候補者やサクセッションプランの対象者向けに、カリキュラムに沿って研修やグループ研修などを開催しています。
サクセッションプラン導入に役立つツール
サクセッションプランを導入する際は、タレントマネジメントシステムや人事管理システムが役立ちます。これらのシステムは、社内のあらゆる人材データを管理するシステムです。人材ごとの目標や評価も見える化できるため、サクセッションプランの導入に有効です。
管理しているデータをベースにすれば、人材の選出や長期的な育成プランを実施しやすくなるでしょう。また、後継者候補の情報を社内で共有する際も簡素化できます。
まとめ
サクセッションプランは、企業の持続的な成長に欠かせません。サクセッションプランを導入すれば、後継者不在のリスクを軽減できて、組織の活性化にもつながります。人材育成の方向性も明確になるため、社員のモチベーションも高められるでしょう。ただし、長期的な取り組みとなるため、しっかりと計画を立案しなければなりません。
また、サクセッションプランでは、後継者候補の見極めも重要です。そこで、役立つのがタレントパレットです。タレントパレットは、タレントマネジメントシステムであり、大手企業をはじめ数多くの企業に導入されています。導入から運用まで一貫したサポートも受けられるため、ぜひタレントパレットをご活用ください。
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