日本では従来の終身雇用制度が崩壊し、人事を取り巻く状況も大きく変化しています。さまざまな社会情勢の影響から企業を守るために、人的資本経営が勧められるようになってきました。
人的資本経営を実現させるために忘れてはならない要素の1つが、社員のエンゲージメントです。本記事では、人的資本経営の概要と背景から、社員エンゲージメントとの関係性や社員エンゲージメント向上に効果的な施策まで、詳しく解説していきます。
人的資本経営でエンゲージメントが重視されている理由
人的資本経営を実現するためには、企業が保有している人的資本に注目し、かつ大切にしていく姿勢が求められます。ビジネスにおけるエンゲージメントには2種類ありますが、人的資本経営では特に社員エンゲージメントが重要です。
人的資本経営とは密接な関係にあるため、社員のエンゲージメントを向上させれば、それだけ社員の自主的な貢献も期待でき、結果的に人的資本の実現につながります。社員のエンゲージメントを向上しつつ、人的資本経営を実現させられれば、さらに社員のエンゲージメントが向上していく良好なサイクルも生まれるでしょう。
そもそも人的資本経営とは?
人的資本経営とは、社内の人材を人的資本と捉え、投資対象として経営戦略に生かそうとする経営手法です。従来の経営戦略では、終身雇用や年功序列などの仕組みによって人材を囲い込み、長期的な経営が維持できていました。
しかし、現代では人材の流動性が高まり、従来の経営が成り立たなくなっています。人的資本経営は、人的資本の価値を最大限生かすために人材の確保や育成に力を入れ、結果的に企業価値を生み出そうとする手法です。現代の企業には人材を資本と捉え、企業が人材の価値を引き出す役割を担う「人的資本経営」の考え方が必要とされています。
人的資本経営が求められている背景
では、なぜ人的資本経営が求められるようになったのでしょうか。背景として以下の4つがあります。
産業構造の移り変わり
昨今では農業や林業などの第1次産業、製造業や建築業などの第2次産業はシェア率が減りました。しかも流行の移り変わりは早く、商品のライフサイクルが短くなっています。
代わってシェア率が伸びているのは、サービス業などの第3次産業です。現代は有形商品に質や価値を求めるよりも、サービス内容や無形商材への関心が高まっています。第3次産業を支えるのは、基本的に各企業の人材です。企業価値を高めるためには、人的資本経営による人材価値の創出が求められるようになっています。
労働人口の減少
日本では少子高齢化が深刻化し、今後の労働人口が減少するのは避けられない状況です。多くの企業が人材不足に陥るなか、企業価値を高めていく必要性が叫ばれています。人材確保が難しい現代では既存社員の能力を最大限に引き出し、効果的に活用しなければ企業は生き残れなくなってきているため、人材への投資は欠かせません。
ダイバーシティへの対応
現代は多様性を重視するダイバーシティの考えも浸透し、リモートワークやフレックスタイム制など、さまざまな勤務体制が取り入れられるようになりました。働き方が多様化すると、同じ環境下では働きにくさを感じてしまうケースが出てくるでしょう。
企業は社員の働きやすさを確保するため、業務環境を整えることが求められています。誰かを切り離すのではなく、誰もが働き方を問わず業務に臨める環境作りに投資するのも、人的資本経営の考え方です。人的資本経営が実現できると、ダイバーシティにも対応しながら社員のパフォーマンス向上も期待できます。
人的資本経営に関する情報開示の一般化
欧米では人的資本経営において、情報開示が一般化しています。日本でも内閣官房の非財務情報可視化研究会が発表した「人的資本可視化指針」で、情報開示に関するルールが公表されました。
近年、投資家が企業を評価する基準として「ESG」という指標が注目されています。ESGは企業の成長を予測するうえで重要視されており、人的資本への投資状況も要素の1つです。投資家からの関心を集めるためにも、企業は人的資本経営の実現が求められています。
人的資本経営と「ISO30414」の関係性
「ISO30414」は、ISO(国際標準化機構)が2018年に公表した人的資本経営に関するガイドラインです。人的資本の情報開示について指標を定めており、11領域と49項目に分けられています。
11領域 | 概要 |
---|---|
コンプライアンスと倫理 | 苦情や懲戒処分など企業のコンプライアンスや倫理に関するもの |
コスト | 人件費や採用コストなど |
ダイバーシティ | 社員や経営陣について年齢・性別・障害者などの多様性 |
リーダーシップ | 管理職の数や社員の管理職・経営陣に対する信頼度 |
組織文化 | 社員満足度やエンゲージメント、定着率など |
組織の健康・安全・福祉 | 労災の比率や研修参加率など |
生産性 | 収益・売上高・EBIT(利払前・税引前利益)・ROI(投資利益率) |
採用・異動・離職 | 社内調達率や離職率、空きポジションを埋めるまでの時間やタレントプールなど |
スキルと能力 | 人材開発にかけるコストや学習内容、平均教育時間など |
後継者育成 | 後継者のカバー率や育成率など |
労働力確保 | 社員数や外部の労働力規模、欠勤率など |
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人的資本経営の実現に役立つ「伊藤レポート」
「伊藤レポート」とは、経済産業省が立ち上げた「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」でまとめられた報告書です。伊藤レポート内では、人的資本経営の実現に「3つの視点」と「5つの要素」が重要だとされました。「3P・5Fモデル」と呼ばれる3つの視点と5つの要素について、以下でそれぞれ解説します。
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「3つの視点(3P)」とは
・経営戦略と人材戦略の連動
・As is-To beギャップの定量把握
・企業文化への定着
3つの視点のなかでも、特に経営戦略と人材戦略の連動が重要視されています。両者に食い違いがあると、企業の価値向上にはつながりません。また、現在と理想とする姿のギャップを定量的に把握したり、企業文化への定着度を調べたりすることで、人事戦略の練り直しも可能になります。人的資本経営の実現には、自社の経営戦略を明確にしたうえで、最適な人材戦略を実施することが欠かせません。
「5つの要素(5F)」とは
・動的な人材ポートフォリオ
・知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
・リスキリング・学び直し
・社員エンゲージメント
・時間や場所にとらわれない働き方
1つ目の「動的な人材ポートフォリオ」は、特に企業の目標を達成するために欠かせない要素です。人的資本経営によって企業価値を高めるためには、戦略やビジネスモデルに必要な人物像を明確にしておかなければなりません。あらかじめ社内のどこにどのような人材がいるのか把握し、ポジションに見合った人材を効果的に確保する必要があります。
人的資本経営で欠かせない社員エンゲージメントとは
社員エンゲージメントは、企業と社員の相互理解や相思相愛度を表す指標です。社員がどれだけ企業を想っているのか、貢献したい意欲があるのか、愛着を持って仕事に臨めているのかなどが該当します。
企業内のパフォーマンス向上のためには、社員エンゲージメントの向上が欠かせません。なぜなら、社員エンゲージメントを疎かにしていると、社員のモチベーションが低下し、生産性の低下や離職率の上昇につながってしまうからです。
社員エンゲージメントが企業に与える影響とは
人的資本経営に大切な社員エンゲージメントが企業に与える影響について、以下の3点を詳しく解説していきます。
生産性や利益率の向上
「第6回 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の報告書 には、参考資料が添付されています。資料を見ると、エンゲージメントスコアと業績の相関性を調査した結果が示され、エンゲージメントスコアの高い方が、営業利益率・労働生産性ともに向上傾向にあることが分かりました。
それだけ社員エンゲージメントの向上は、生産性向上につながる大事な要素だということです。人的資本経営の実現を目指すためには欠かせないものであり、結果的に企業の利益向上にもつながるメリットがあります。
離職防止と人材の安定化
社員エンゲージメントが高くなると、企業に愛着を感じ、情熱を持って仕事に取り組みます。不満がなければ、離職の防止にもつながるでしょう。離職が発生すれば都度新たな人材を採用しなければならず、社内人材の流動性も高くなりがちです。逆に社員エンゲージメントの向上によって離職防止ができれば、人材は安定します。
採用活動の効率化
社員エンゲージメントの高い企業は、採用市場での評価も高くなる傾向があります。就職活動をしている人にとって、既存の社員のエンゲージメントが高く、離職率の低い企業はよい印象に映るからです。社員エンゲージメントで他社と差別化できれば志望者が増え、優秀な人材も集まりやすくなるでしょう。結果的に、採用活動もスムーズになります。
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人的資本経営のためにエンゲージメントを高めるポイント
では、エンゲージメントを高めるためにはどうすればよいのでしょうか。以下で5つのポイントを解説します。
社員エンゲージメントの現状把握
社員エンゲージメントの向上を目指すためには、まず現状を把握しなければなりません。目標と現状とのギャップを可視化し、施策に落とし込む必要があるからです。測定方法には以下の方法があります。
・社員エンゲージメントサーベイ
・社員パルスサーベイ
社員エンゲージメントサーベイは、半年から1年程度の間隔でアンケートを実施し、企業への信頼度や仕事へのモチベーションなどを調べる方法です。一方、社員パルスサーベイはアンケートの間隔を週1回や月1回など短いスパンで実施する代わりに、質問項目を最低限の10~15程度に抑えて行います。
帰属要因の把握
社員のエンゲージメント向上施策を考えるうえで、社員が企業への帰属意識を抱く要因を把握しておくことが大事です。社員エンゲージメントに影響のある帰属要因には、4Pと呼ばれる以下の4つがあります。
Philosophy(目標) | Profession(活動) | People(組織) | Privilege(待遇) |
---|---|---|---|
明確な理念 | 事業優位性 | 風通しのよい風土 | 最先端の設備 |
経営計画 | 事業領域の広がり | 若手の活躍 | 納得感のある給与 |
企業の成長性 | 仕事のやりがい | 魅力的な先輩 | 福利厚生 |
ブランド | 商品サービス | 経営陣の魅力 | 就労実態 |
すべて網羅するのは難しいものの、自社に求められる部分を見極めることが重要です。現状でも魅力を感じてもらえている要素や足りていない要素を把握し、必要な部分を強化しましょう。
評価制度の構築
評価体制も社員エンゲージメントに影響を与える要因です。自分の上げた成果が正当に評価されていると感じられればモチベーションが上がり、エンゲージメントの向上にもつながります。
正当な評価のためには、的確な評価制度を構築しておく必要があります。単に制度をつくるだけではなく、同僚や先輩、上司から感謝や称賛をされるなど、評価を実感できる風土づくりも必要でしょう。成果を上げるためにチャレンジしやすい環境を整えることが大事です。
良好な人間関係の構築
社内の人間関係は、働きやすさやモチベーションに直結する要素です。社内コミュニケーションは円滑か、良好な人間関係が築かれているかどうかなども重要なポイントになります。社員同士で助け合えたり、新しい提案がしやすかったりなど、社員同士のつながりが強固な環境なら、社員エンゲージメントも向上しやすくなるでしょう。
ワークライフバランスの実現
モチベーションが高かったとしても、ワークライフバランスが悪くなると維持できなくなる可能性もあります。長時間労働や休日出勤が増えていないか、無理な働き方をしていないかなど、働き方の管理が必要です。
ただ、社員それぞれでライフスタイルは異なります。働き方にも多様性が求められる時代だからこそ、働きやすい環境を整え、ワークライフバランスを充実させられる環境づくりに取り組むのは、社員エンゲージメント向上に必要なポイントです。
具体的なエンゲージメント向上施策の例
具体的にエンゲージメントを向上させる施策として、以下に挙げる4つがあります。施策を実施する際の参考にしてください。
コミュニケーション活性化につながる施策の実施
社内のコミュニケーションを活性化させると、社員エンゲージメントの向上だけではなく、生産性向上や離職防止にもつながります。具体的な施策例は以下の通りです。
・フリーアドレス制の導入:自由に席を選んで仕事ができる制度で、多くの人と接する機会が生まれる
・コミュニケーションツールの導入:円滑なコミュニケーションにつながる
・1on1ミーティングの導入:上司と部下の関係性構築に役立つ
・社内サークルの設立:共通の趣味などを通して深い関係性の構築が可能になる
・社内食堂やカフェ、リフレッシュスペースの設置:コミュニケーションの場になる
多様な働き方の導入
社員のワークライフバランスを充実させるために、リモートワークやフレックスタイム制など、社員が働き方を選択できる環境を整えるのも効果的です。実際にリモートワークやフレックスタイム制を導入する企業は増えています。
仕事だけではなくプライベートも充実することで、より仕事へのモチベーションは向上し、仕事とプライベートの両立もしやすくなるでしょう。柔軟な働き方が叶う企業は、社員からの信頼も得られやすくなります。
社内公募制度の導入
社内公募制度はポジション公募制とも呼ばれ、人員補充の必要がある場合に社内で公募する制度です。社員にとっては興味のあるポジションに就けるチャンスが生じ、希望が反映される可能性が高くなるでしょう。モチベーションが上がらなかった社員でも、やりがいを重視した配置ならパフォーマンスが上がり、社員エンゲージメントも向上しやすくなります。
福利厚生の見直し
福利厚生が充実している企業も社員エンゲージメントが向上しやすく、人材の定着率も高い傾向です。ただし、福利厚生は導入すればよいわけではありません。利用する社員がいなければ意味がないため、導入後も利用状況を確認しましょう。現状を一度見直し、不要なものがあれば削りつつ、社員のニーズに合った福利厚生を用意すると効果的です。
人的資本経営におけるエンゲージメント向上の注意点
エンゲージメント向上の施策を実施する際には、注意点すべきポイントもあります。以下の4点に注意してください。
企業と社員の認識のすり合わせておく
一方的に企業が施策を実施しても、社員が納得できていないと効果は薄れる可能性があります。社員が求めている要素を把握できていなければ、的外れな施策を実施してしまいかねません。企業が成長するために社員エンゲージメントを向上させたいのなら、社員の成長にどうつながるのかを提示し、社員と認識をすり合わせて実施する必要があります。
エンゲージメント向上の先にある目標も明確化しておく
社員エンゲージメントの向上だけを目指すのではなく、人的資本経営の実現に向けて達成したい目標を明確にしておくのも大事です。人的資本経営の実現には社員エンゲージメントは欠かせませんが、それだけでは企業価値を十分に創出できません。社員エンゲージメントを向上させるだけで終わらないように注意しましょう。
積極的な情報開示による差別化を目指す
人的資本の情報開示は推奨されているものの、未だに公開する企業は多くありません。ただ、現状で社員エンゲージメントが低かったとしても、開示することで改善を目指している意思表示になるケースもあります。
各指標が徐々に改善していけば取り組みの成果として示せるため、社会的な信用性を得られるのがメリットです。国が公表している「人的資本可視化指針」などを参考にしながら、積極的に情報公開することで差別化が図れるでしょう。
変化に合わせて施策を見直す
人的資本経営における社員エンゲージメントは、向上させればそれで終わりというわけにはいきません。一旦は向上したとしても、企業を取り巻く状況や社会情勢などによって、再び低下する可能性もあるからです。社員エンゲージメントは長期的な戦略として定期的に測定し、高く維持できるように見直したり、改善したりする必要があります。
人的資本経営とエンゲージメント向上に役立つツールとは
人的資本経営や社員エンゲージメントの向上には、社内情報の把握および可視化が不可欠です。人的資本経営実現のために投資すべき分野や、社員エンゲージメント向上のために実施すべき施策を見極めるためにも、正確に現状を把握しておく必要があります。
現状把握と可視化には、社内情報を収集・管理できるツールを活用するのがおすすめです。時系列ごとに人事情報を一元化できるタレントパレットは、課題発見はもちろん、情報開示の際にも役立ちます。また、さまざまな人事データを自由にかけ合わせて分析できるため、経営戦略に生かすことも可能です。
これから見るべき人的資本KPIとは 人的資本経営に求められる人事データ活用のポイントを解説
まとめ
近年では企業に人的資本経営が求められるようになり、社員エンゲージメントも重視されるようになりました。社員エンゲージメントを高めるためには現状を把握し、環境や体制を整える必要があります。
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これから見るべき人的資本KPIとは 人的資本経営に求められる人事データ活用のポイントを解説