HRテックの意味とは?定義と範囲を解説
デジタル化や働き方の多様化が進む中で、人事部門の在り方も大きく変わりつつあります。従来のように人の勘や経験に頼るのではなく、データとテクノロジーを活用した人材マネジメントを行う企業が増えています。こうした背景の中で注目されているのが「HRテック(HR Tech)」です。この章では、HRテックの定義と対象範囲を解説します。
HRテックの定義
HRテックのHRはHuman Resource(ヒューマンリソース)、すなわち人事または人財を意味します。HRテックは「Human Resource」とテック「Technology」をかけ合わせた造語で、人事業務にテクノロジーを活用することを指します。ITやデジタルツールを使って人材の採用や育成、さらには評価・配置・離職防止などの人事関連プロセスを効率化しようとする取り組みのことです。人の経験や勘に頼ることが多かった人事領域に、データ分析や自動化の仕組みを導入することで、より客観的で合理的な意思決定が可能になります。
HRテックの範囲
HRテックの範囲は人事領域全体にわたって広がっており、単なる採用管理システムや勤怠ツールにとどまりません。人事業務は非常に範囲が広く、業務量も膨大です。たとえば新卒や中途採用、社員各々が持つスキルなどのタレントマネジメント、そしてリーダー育成、さらには評価や勤怠管理などがあります。HRテックは、人事領域すべてのプロセスに対して技術を活用する取り組みが対象範囲です。HRテックの対象範囲は、以下のとおりです。
- 採用活動
- 人材育成・研修
- 人事評価・目標管理
- 配置・異動・タレントマネジメント
- 労務管理・勤怠・給与
- エンゲージメント・離職防止
- 人事データ分析(ピープルアナリティクス)
タレントマネジメントや勤怠管理などの業務をデジタル化・最適化することで人事部門の負担を軽減し、組織全体の生産性と人材の定着率を高めることを目的としています。またバイタルチェックやワークログ収集など人や組織に関する業務であれば、HRテックの範囲と考えられています。
HRテックが活用されるようになった3つの背景
近年、企業の人事業務においてテクノロジーを活用する「HRテック」が急速に広まりを見せています。HRテックが活用されるようになった背景には、働き方や雇用環境の変化に加え、テクノロジーの進化によって業務の効率化や高度な人材戦略の実現が可能になったことがあります。この章ではHRテックが企業において活用されるようになった背景を、3つの観点から理解を深めていきましょう。
テクノロジーの普及
テクノロジーの進化と普及により、HRテックの導入が加速しています。まずクラウド型サービス(SaaS)の普及により、低コストで人事ソフトを利用できるようになりました。大規模な機能開発を必要とせず、新しいバージョンがリリースされた際には自動でアップデートが行われるため、常に最新の機能を活用することが可能です。
またビッグデータを迅速かつ簡単に分析できる技術が発展し、従来は人事担当者が人の手で対応していた作業を効率的に代替できるようになりました。さらにスマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスの普及により、社員がオフィス外からでも情報の入力やアクセスが可能となり、働き方の柔軟性が高まっています。
働き方の多様化
新型コロナウイルスの流行をきっかけに、テレワークをはじめとする多様な働き方が急速に広まり、柔軟な労働環境の整備が企業に求められるようになりました。こうした働き方の多様化に対応するには、場所にとらわれずに業務を遂行できる仕組みが必要です。
従来のオンプレミス型システムでは外部からのアクセスが制限されるケースが多く、テレワークなどの柔軟な働き方に対応しづらいという課題がありました。そのため、インターネット環境があればどこからでもアクセス可能なクラウド型サービスの導入がますます重要になっています。
少子化による人材獲得の難易度向上
少子高齢化の進行により、今後も日本の労働人口は減少していくと予想されています。そのため、企業にとって優秀な人材の確保が一層困難になるでしょう。こうした状況の中で企業は限られた人員で業務を遂行しなければならず、業務の効率化や生産性の向上が喫緊の課題となっています。そこで注目されているのが、HRテックの活用です。人事業務の自動化や分析の高度化を通じて、少ないリソースでも効果的な人材マネジメントを可能にする手段として導入が進んでいます。
HRテックで得られる5つの効果
近年、HRテックの導入が広がる中で、多くの企業が人事業務の効率化や質の向上を実感しています。そこでこの章では、HRテックによって得られる具体的な5つの効果を紹介し、それぞれがどのように企業の人材マネジメントを支えているのかを解説します。
人事業務の効率化
HRテックの導入によって、従来は手作業で行われていた多くの人事業務が効率化され、企業全体の業務負荷を大きく軽減することが可能です。たとえば、採用活動においては以下のようなことが挙げられます。
- エントリーシートの自動仕分け
- 応募者データの一元管理
- 合格者への入社手続きの自動通知
HRテックを活用することで、上記のフローをデータに基づいてスピーディーかつ正確に進めることができます。また、人事業務は特定の担当者にノウハウが偏りやすい点が課題です。HRテックを活用することで業務プロセスが可視化・標準化され、担当者に依存しない体制を構築することができます。HRテックの活用は業務の属人化を防ぎ、大幅な工数削減とともに、人事部門全体の生産性向上が期待されます。
評価基準の明確化
人事評価は業務の性質や職種によって定量化が難しく、評価者によって基準がばらつくことがあります。社員が評価に対して不透明さや不公平感を抱けば、不満やモチベーションの低下につながる恐れがあります。HRテックを活用することで、業務実績や目標達成度など評価に関連するデータの一元管理が可能です。
評価プロセスや基準が明確化されるため、社員の納得感を得られる評価制度を構築することができます。さらに客観的なデータに基づく評価が行えるため、評価者の主観による偏りを排除しやすくなります。結果として評価の透明性が高まり、社員のモチベーションや仕事に対する満足度の向上にもつながっていくでしょう。
データに基づくタレントマネジメントの実施
これまでの人材管理では、上司の評価や過去の経験など属人的な判断に頼る場面が多く、組織全体として一貫性のある人材戦略を立てることが困難でした。HRテックを活用することで社員一人ひとりのスキルや業績、さらには適性・キャリア志向といった多様な情報の蓄積と分析ができるため、より客観的な視点から人材を評価できます。
こうしたデータに基づいた分析により適材適所の人材配置が実現し、社員の能力や個性を最大限に活かしたマネジメントが可能です。たとえばクリエイティブな業務に向いている社員を適切な部署へ配置したり、成長ポテンシャルの高い若手社員を早期に抜擢したりするなど戦略的人材活用が実現します。結果として組織全体のパフォーマンス向上と同時に、社員一人ひとりの満足度やエンゲージメントの向上にもつながるでしょう。
離職率の低減
人材の定着は企業の持続的成長に不可欠な要素であり、離職率の低減は多くの企業にとって重要な課題です。離職率を下げるには早期離職の防止と、既存社員が長く働き続けられる環境を整備することの両面からのアプローチが効果的です。
早期離職の防止には、採用段階でのミスマッチをいかに減らすかが鍵となります。HRテックを活用すれば既存社員のデータを分析し、自社で活躍している人材に共通するスキルや性格特性などの傾向を把握することが可能です。分析したデータをもとに応募者との適合度を比較・評価することで、自社との相性が良い人材をより高い精度で見極められます。
一方で既存社員の離職防止には、働きやすい環境づくりと公正な人事制度が欠かせません。HRテックを導入することで業績や適性に基づいた適切な人事異動や評価を実現でき、社員の納得感とエンゲージメント向上が期待できます。また過去の離職理由や傾向をデータとして分析すれば、離職の予兆やその背景要因を可視化でき、問題を未然に防ぐ対応策の立案にもつながります。このような取り組みにより離職の根本的な原因を把握し、解消していくことで結果的に離職率の低減が期待できるでしょう。
人事業務の一元管理が可能
企業内には社員一人ひとりに関するさまざまな情報が部署ごとに散在しており、すべてのデータを適切に管理・活用することは容易ではありません。HRテックを活用して社内に散在する情報をデータ化して一元管理することで、社員情報の参照や関連部署間での連携が格段にスムーズになります。
一元管理された人事データは情報の参照元が一本化されるため、必要なデータに迅速にアクセスできます。HRテックを活用することで情報収集にかかる時間を大幅に短縮できるだけでなく、タスクやワークフローの可視化も可能です。担当者が業務の全体像を把握しやすくなることで作業の抜け漏れや重複を防ぎ、効率的かつ正確な人事業務の遂行が期待できます。
HRテックで使用するテクノロジー8選
近年、働き方の多様化や人材戦略の高度化に伴い、HRテックの導入が加速しています。この章では、人事業務の効率化と精度向上を支える代表的な8つのテクノロジーを紹介します。
ビッグデータ
ビッグデータとは、従来のデータベースや処理システムでは対応しきれないほどの膨大かつ多様なデータのことです。さまざまな形式の情報が含まれており、以下のようなものがあります。
- 数値
- テキスト
- 画像
- 動画
- 音声
多くは事前に構造化されていない「非構造化データ」や「非定型データ」として存在します。HRテックの領域においては社員の行動ログや業績、さらには勤怠データやエンゲージメント調査の回答内容など、日々生成される多種多様な人事データをビッグデータとして蓄積・分析することが可能です。
ビッグデータはAIが人材の評価や適性の見極め、離職リスクの予測などを行うための根拠となる材料であり、データが多ければ多いほど分析の精度や信頼性が高まる傾向があります。こうしたビッグデータの活用により、これまで人事担当者の経験や勘に頼っていた判断が、より客観的かつ科学的に行えるようになってきており、HRテックの価値を支える中核的なテクノロジーの1つとなっています。
AI(人工知能)
AI(人工知能)とは、人間の知的な行動や判断力をコンピュータで再現する技術です。AIは機械学習と呼ばれる仕組みに基づいており、大量のデータをシステムに取り込んで学習させます。学習結果をもとにパターンを分析し、予測や意思決定などのアウトプットを自動的に行います。
このように、AIはかつて人間の判断や手作業に頼っていた業務を代替・補完することが可能です。HRテック分野においても、AI活用が急速に進んでいます。AIの導入により、人手による作業時間を大幅に短縮できるだけでなく、ヒューマンエラーの防止や判断のばらつきを抑える効果も期待できます。業務の効率化はもちろん、より戦略的な人材活用や組織運営の実現につながるでしょう。
クラウド
クラウドとはサーバーやソフトウェアを持っていない状態でも、インターネットを通じて必要なサービスを利用できる仕組みのことです。クラウドがあることで自社で機器を持たなくても、必要なITサービスを柔軟かつ低コストで使うことができます。クラウドの最大のメリットは、コストの削減とスケーラビリティの高さです。
サーバーの保守・運用にかかる人件費や設備費が不要になり、業務の規模に応じてシステムの容量や機能を容易に拡張・縮小できます。またインターネット環境があればどこからでもアクセスできるため、テレワークや多拠点での業務展開にも適しています。HRテックの領域ではクラウド型の人事管理システムやタレントマネジメントツールが多く利用されており、人事情報の一元管理やリアルタイムでのデータ共有・分析が可能です。社員の入退社管理や評価制度の運用などがスムーズに行えるようになるため、組織全体の業務効率向上に貢献するでしょう。
ピープルアナリティクス
ピープルアナリティクスとは、社員に関するさまざまなデータを活用して人材の行動や特性を科学的に分析する手法です。人材分析とも呼ばれ、属性や行動データを収集・分析して客観的な視点から人材に関する意思決定を支援します。
従来は上司の経験や勘に頼っていた人事判断も、ピープルアナリティクスを活用することでデータに基づいた根拠あるアプローチが可能です。結果として社員一人ひとりの強みや課題を可視化し、最適な育成計画の立案や採用戦略など人材管理の精度向上が期待できます。ピープルアナリティクスは企業の生産性向上や社員の満足度向上を図るうえで、欠かせないHRテックの要素の1つです。
RPA
RPAとは「Robotic Process Automation(ロボティック・プロセス・オートメーション)」の略で、あらかじめ設定された業務手順やルールに基づいて、コンピュータ上の操作を自動的に実行する技術です。PAが得意とするのは、ルールが明確で手順が決まっている作業です。たとえば、以下のような作業に適しています。
- Excelへのデータ入力
- 請求書処理
- 各種帳票作成
- システム間のデータ転記
RPAは、これまで人の手で繰り返し行っていた単純作業を自動化できます。HR領域では、勤怠データの集計や人事システムへの情報登録などにRPAを活用するケースが増えています。RPAは人手不足が進む中で「人の働き方」を変革する強力な支援ツールとして、注目される技術です。
モバイル
モバイルとはスマートフォンやノートパソコンなど、場所を問わず持ち運びが可能な情報端末の総称です。モバイルであればオフィスにいなくてもインターネットを通じて業務システムやクラウドサービスにアクセスできるため、時間や場所に縛られない柔軟な働き方が可能です。
特にHRテック分野においては、モバイル端末の活用が進んでいます。たとえば在宅勤務や外出先でも、モバイルを使えば出勤・退勤の打刻や勤怠状況の確認などが簡単に行えます。また社内連絡やフィードバックのやり取りもリアルタイムで行えるため、社員とのコミュニケーションやエンゲージメント向上にも貢献するでしょう。このようにモバイルの導入は、テレワークやフレックスタイム制度といった多様な働き方を支える基盤の1つです。業務の効率化だけでなく、社員の働きやすさや満足度向上にもつながる重要な要素となっています。
SNS
SNSとは、インターネット上で情報を共有やコミュニケーションをとれるサービスです。代表的な例としては、以下のようなサービスがあります。
- LINE
個人利用はもちろん、ビジネスやマーケティングの分野でも広く活用されています。SNSの特徴は、リアルタイムでの情報発信・共有が容易である点です。投稿やメッセージ機能などを通じて遠く離れた相手ともスムーズにやり取りができるため、スピーディーでフラットなコミュニケーションが可能です。HRテック分野でも、SNSは社内コミュニケーションツールとしての活用が注目されています。SNSの活用は単なる情報伝達の手段にとどまらず、社員同士のつながりを強化する重要なツールとなっています。
SaaS
SaaSとは「Software as a Service」の略称で、ソフトウェアをパッケージとして購入・インストールするのではなく、インターネットを通じて必要なときに必要な分だけ利用できるクラウド型のサービス提供形態のことです。サービス提供会社がソフトウェアをクラウド上で運用・管理しており、ユーザーはインターネット環境さえあれば、自分のパソコンやスマートフォンからブラウザやアプリを使って利用できます。
代表的なSaaSの例は、以下のとおりです。
- Google Workspace
- Microsoft 365
- Slack
- Salesforce
社内の複数人が同時にアクセスして、リアルタイムでのデータ共有・編集・管理が可能です。またSaaSは、自社でサーバーを保有・運用する必要がありません。ソフトウェアのインストールやセキュリティ対策などもすべてサービス提供者側で行うため、IT部門の負担を増やさず、低コストで導入・運用できます。HRテック分野では人事管理システムや勤怠管理ツールなど、多くのサービスがSaaSとして提供されています。SaaSにより場所を選ばず業務を進めることができるため、テレワークや多拠点展開にも柔軟な対応が可能です。
HRテックには3つの分野がある
HRテックがカバーする範囲の内訳は、以下のとおりです。
- 人事向け
- 組織全体向け
- 労働力を獲得するためのサービス
ここで言う労働力というのは、新卒やその他の正社員などの恒常的なもの、アルバイトなどの一時的なもの、そして人以外の労働力のことを指しています。それぞれに異なる目的をもった、異なるサービスとなっていますので、続いてその内容について紹介していきます。
人事向けのHRテックとは
通常であれば、人事担当者がエクセルデータに打ち込んだり、データベースで管理したりしなければならないような人材に関するデータを分析できる環境を作ってくれるのが人事向けのHRテックです。社員ひとりひとりに関する情報は、それぞれ多岐にわたっています。採用時の情報から、所有している資格、そして業務上の評価や給与ランクなどです。また採用活動をする際にも、応募者の管理を楽にしてくれるシステムもあります。
それぞれを一元化して管理することで、参照する際のスピードアップが可能です。収集したデータを活用して、給与の計算や研修や配置転換といったことの人事管理、業務量などの管理を行うことでコスト削減にもつなげられます。さらにすべてのデータから、より良い人事運営に向かっていくための分析レポートまでをHRテックは担ってくれます。
組織全体向けのHRテックとは
人事担当者のみならず、組織に関わるすべての人が使えるHRテックもあります。人によって異なる業績目標の設定をすることや、多数の人が関わる意思決定、そして福利厚生情報など、膨大なデータを管理することができれば、人事部と社員の間とのやりとりを効率化することができます。
組織全体向けのHRテックは社員の職場環境を整えることに直結するので、結果的に業績を向上させるための環境整備であると言えるでしょう。同じように、人材配置の管理や社員の満足度調査などもHRテックを利用して効率的に行うことができることのひとつであり、社員の満足度UPは職場環境の改善に役立ちます。
労働力を確保するためのHRテックとは
前述した通り、労働力にはいくつかのタイプがあります。それぞれ、募集をかける先や採用の仕方が違うため、労働力を確保するための労力は必然的に大きなものとなってしまいます。HRテックは採用におけるどの側面でも、優秀な人材確保に貢献することができ、実際の現場でも活用されているのです。具体的には、一時的な労働力の確保の場面においてはクラウドソーシングやオンデマンドスタッフィング、そしてフリーランスマネジメントシステムなどが利用されています。
また会社の人材としてのコアとなる人々、正社員などのプロパースタッフのような恒常的な労働力を確保するためには、ダイレクトソーシングのデータベースや求人サービスなどを活用する方法をとっている企業もあるでしょう。最後に、人間以外の労働力の獲得というテーマがあります。RPAやAI、ロボットなどに任せられる業務を、テクノロジーに担わせるということです。労働力を確保する道のりを最適化し、期間を短縮化することで、人事業務は飛躍的に効率化され、担当者はより先を見通した企業戦略を考案していく環境を整えることができます。
HRテックで人材確保や育成を効率化させよう
このように、HRテックは人事領域の中で人材の育成や採用など、社員の活性化に関わることをテクノロジーを活用して効率的に行うことを可能としたサービスです。ビッグデータの分析やAIの導入など、最新テクノロジーを使って人事に関するデータを一元的に管理することができます。HRテックには採用や勤怠管理、そして人材管理などに至るまで、さまざまなシステムが存在しています。自社の課題や問題点を整理し、必要に応じて利用してみてはいかがでしょうか。