「人事部門から期待通りの情報がすぐ出てこない」。そうなげく経営者が最近、増えているといいます。高く掲げたビジョンを実現しようとする経営者と、日常業務をこなすことに追われてしまうスタッフ。両者の間で、意識のギャップが生まれることは、しばしばあります。しかし、いま起きている「経営者と人事部門とのギャップ」は、それだけでは説明できません。経営者は「人事部門の日常業務の範囲内でできること」だと思って仕事を依頼しているのに、期待された品質とスピード感を満たしてくれない。そんな事例が増えているのです。人事部門をめぐって、なにが起きているのでしょうか? 探ってみました。
経営者が求める情報を持っていない
「おい、昨日頼んだ件だが、まだなのか」。A社長がイライラした口調で人事マネジャーにたずねています。「はあ。さっきマネジャーたちにアンケート調査のメールを送ったところなので…。回収できるのは来週末になります。それをもとに、社長がおっしゃった『○○業界にかかわった経験がある』メンバーや『△△技術の知識がある』メンバーを抽出するので、ご報告できるのは再来週ですね」。「なんだと! それじゃ遅すぎる。君たちは社員情報を管理しているんじゃないのか?」。A社長のイライラは頂点に達してしまいました。
A社長が『○○業界にかかわった経験がある』『△△技術の知識がある』メンバーを知ろうとしたのは、新規事業の立ち上げを考えているからです。A社長が経営する会社の主力事業であるITサービスは、ニッチな分野ですが圧倒的なシェアを誇るまでに成長。全国に営業拠点を広げ、従業員数は800名を超えました。しかし、この成功をみて、大企業が参入してくる気配。競争激化にそなえて「新しい柱となる事業を立ち上げなければ」と考えるにいたったのです。
どんな新規事業にするか。A社長にはアイデアがあります。主力事業とはまったく違う顧客層に向けて、まったく違うサービスを提供するもの。しかし、実は主力事業とのシナジーが期待できる事業なのです。その立ち上げを担うメンバーには、主力事業で必要とされるスキル・経験は不要。まったく違うスキル・経験が必要になります。そこで、800名超の社員の中から、必要なスキル・経験を持っているメンバーをピックアップ。新規事業立ち上げのプロジェクトチームを組成しよう。そう考えて、人事部門に情報提供を求めたのです。ところが、人事部門はデータを持ち合わせていなかった、というわけです。
マーケティング部門なら即レスしてくれる
『○○業界にかかわった経験がある』『△△技術の知識がある』。これらは、これまで展開してきた主力事業では必要とされないスキル・経験なので、人事部門が情報を持っていないのも当然かもしれません。それなのにA社長はなぜ、イライラしてしまうのでしょうか。実は、無意識にマーケティング部門と比較しているからなのです。
たとえば「××商品の紹介サイトを訪れたのに、購入しなかったお客さまは、どんな規模の会社の、どんな役職が多いんだ?」と、マーケティング部門のスタッフにたずねたとしましょう。PCを少し操作するだけで、「いちばん多いのは従業員1,000名以上の大企業の総務担当者。次に100名~300名規模の経営者ですね」と、すぐ回答してくれるはずです。
マーケティング部門は、顧客についての情報を収集し、分析して、経営に役立つ情報に加工して報告することができます。つまり、情報を活用できています。でも、人事部門は社員についての情報を活用できるほどには、収集・分析・加工する能力をもっていません。『人事白書2016』(株式会社アイ・キュー運営『日本の人事部』発行)によれば、人材データベースの収集を実行しているのは、全体の2割ほど。データの「分析」「活用」、さらには「分析するべき項目の企画や設計」となると実行企業は2割を切ってしまい、残る8割超が「実行していない・わからない」と回答しています。
現状の人事部門の多くは、極端にいえば給与計算に必要な情報しか持っていません。給与水準を決める「等級」「入社年次」、手当額を決める「役職」「家族構成」「持ち家か賃貸か」、通勤費を決める「住所」、今月の支給額を決める「勤怠」…。これらのデータだけを収集・管理しているのです。経営者が人材を適材適所に配置するのに必要な「スキル」「知識」「経験」「キャリアの志向」といった情報はデータベース化されていないのが実情です。
8割の人事は管理業務に忙殺されている
では、「新規事業のプロジェクトチームに適性があるメンバーは誰か」といった具合に、人事の持つデータにない人材の情報を出すように求められたら、現状の人事部門はどう対応するのでしょう。A社長の依頼を受けた人事マネジャーが試みているように、「部下をもつ現場のマネジャーに聞いてみる」でしょう。つまり、人材のデータはヒトの頭の中にあるわけです。
これは、新商品・サービスの企画に市場ニーズがあるかどうかについて、現場の営業スタッフからの「僕の担当している企業の社長は、『そんなサービスいらないね』と言っていました」という情報だけで、「ニーズなし」と判断するようなものです。リアルな現場の情報は重要な参考資料にはなりえますが、市場全体の傾向をあらわすものでないのは確かです。マーケティング分野においては、こうしたヒトに頼った情報収集の不正確さをカバーするために、データを収集・分析して仮説を導く科学的手法が開発され、駆使されるようになっています。
人事部門において、そうした科学的手法の導入が遅れているのはなぜでしょう。端的に言えば「新しいことにチャレンジする余裕がない」からです。「管理業務に追われている」と感じている人事担当者は、実に79.3%に達しています(『人事白書2017』による)。人材を管理するための業務で手一杯なので、経営陣が求めるような「人材を活用するための業務」にまで手が回らないのです。
「人材活用のための業務」を求める経営者
労働人口の減少により、人材採用のハードルはますます高くなる一方で、社員が流出するハードルはますます下がっています。そのどちらにも対応するのは人事部門です。そのうえ「働き方改革」「健康経営」「コンプライアンスの浸透」といった社会的に要請されるテーマを推進する中心になるのも人事なのです。管理業務に忙殺されてしまうのも無理はありません。
しかし一方で、労働人口の減少は、経営者には異なる影響をおよぼしています。経営者が新規事業に取り組むとき、「新たに人材を採用するよりも、既存の人材を再編成して推進しよう」と考える傾向が強まっているのです。つまり、より「人材を活用したい」と思う場面が増えているわけです。
経営者は人事部門に「人材の活用のための業務」をやってもらいたい。マーケティング部門と同じように科学的手法を駆使して、必要な情報をすばやく経営にあげてほしいと思っています。しかし人事部門は「人材の管理のための業務」に追われていて、その思いにこたえることができていません。これが、最近目立つようになった「経営者と人事部門のギャップ」の正体です。
経営者の期待にこたえられる人事とは
このギャップを埋めて、経営者が求める情報を即レスできる人事部門をつくるためのツール。それがタレントマネジメントです。タレントマネジメントを導入している企業であれば、A社長から「『○○業界にかかわった経験がある』『△△技術の知識がある』メンバーを教えてくれ」と依頼されたら、「B拠点のC君、D拠点のEさん、管理部門のFさんがいます」と即レスできるのです。
さらには、「C君が異動したらB拠点の売上高はどう変わるか」のシミュレーションや、「必要なスキル・経験はないが、新規事業立ち上げの仕事をやってみたい意欲のあるメンバー」の抽出も、すぐにできます。科学的手法を駆使して、ヒトの側面から新規事業立ち上げについて経営を支援できるわけです。
タレントマネジメントという人材プラットフォームがあれば、いまの人事スタッフを苦しめている管理業務は、劇的にラクになります。そのうえで、プラットフォームを駆使して、「人材を活用するための業務」に取り組めます。
こんな人事部門であれば、A社長はイライラすることなく、新規事業の成功へ向けて走り出せるでしょう。